コラム

中国人がまだ知らない日本の花見の神髄

2012年05月01日(火)09時00分

今週のコラムニスト:李小牧

〔4月25日号掲載〕

 このコラムの掲載号が発売される頃には既に散っているかもしれないが、今年の東京の花見の季節は、絶好の好天が続いた。去年の大震災直後は中国人観光客が激減したが、今年の春は大勢が日本を訪れて各地で桜を楽しんだ。中国人客が増えれば新宿歌舞伎町、そしてわが湖南菜館も売り上げが増えるから、桜には大いに感謝しているところだ。

 とはいえ、同じ中国人から見て彼らのマナーに顔をしかめるときもある。あまりに桜がきれいなので、中国人観光客の中には枝を思い切りねじ曲げて自分の顔に近づけ、写真を撮る人たちがいるのだ。目撃者は私だけでなく、ある中国メディアの東京特派員も同じような場面を見て、マイクロブログの新浪微博(シンランウェイポー)に批判的な記事を投稿していた。

 実は私も来日した24年前は同じようにして写真を撮ったことがある。要は中国人なりの愛情表現なのだが、か弱い桜の花びらを散らせかねないこういった行為は日本人には理解できないだろう。

 中国にも日本語の「美人薄命」に当たる「紅顔多薄命」という言葉がある。ただ日本人が桜を愛する気持ちは、「美人薄命」とは少し違う。「か弱いゆえの美しさ」とでも言おうか。はかなさの中に命の尊さを感じ、それを大事にする感覚──来日24年目の今では、私もこの感覚を心から理解できるようになった。

 まだまだ肌寒い夜、冷たい地面にシートを敷いて冷めた弁当と、よりによって冷たいビールを飲む日本人の姿は、中国人にとっては修行しているようにしか見えない。だが日本人があえてこの「苦行」を続けるのは、何も桜の木の下で酔っぱらうことだけが目的ではない。

■世界が「歌舞伎町」になる日

 彼らは長い冬を終えて春を迎えた喜びを仲の良い人たちと共有し、互いのコミュニケーションを深めたいのだ。花見独特のオープンな雰囲気は楽しく話すには最高で、ついつい私も普段めったに口にしない下ネタをしゃべってしまう(笑)。

 日本のこんな素晴らしい花見文化を、日本に住む外国人たちも理解し始めているらしい。あるニュース番組は、マクドナルドのハンバーガーを片手に在日外国人が日本人同様に花見を楽しみ、ごみを後片付けする様子を伝えていた。日本にいる外国人が理解できるのなら、「ハナミ」を日本文化として外国に輸出することもできるはずだ。

 今から100年前、東京からアメリカの首都ワシントンに贈られた桜が今もアメリカ人を楽しませていることは、誰でも知っている。これと同じことを日本政府が世界各国で行えばいいのだ。特に狙いは中国。わが故郷の湖南省長沙市にある森林植物園には、滋賀県が約2000本の桜の木を贈呈している。ほかにも桜をプレゼントしている自治体はあるが、日本政府がこれを地方任せにしているのは実にもったいない。

 今年の桜の季節、私は家族と靖国神社を訪れた。以前はこのコラムで「行った」と書いただけで中国人から非難の大合唱を浴びた靖国神社だが、実は桜の名所でもある。驚くべきことに、今年は靖国神社にもたくさんの中国人観光客が訪れていた。

 多くの日本人にとって靖国神社は単に桜の名所で、願い事をするだけの神社であって、「戦犯」や戦闘機を飾った展示館は彼らの意識の中でごく一部にすぎないことに中国人は気付き始めている。桜には対立する国民感情を和らげる効果もある、ということだ。

 私が歌舞伎町に引かれるのは、ネクタイを外した裸のコミュニケーションができる街だから。花見の季節はいわば、日本全国が歌舞伎町になるようなものだ。この素晴らしい花見文化が世界に広がれば──つまりは世界が歌舞伎町になるということ。私にとってこんなにうれしい話はない。

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

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