コラム

地震のリスクを抱き締めて私は東京で暮らし続ける

2012年03月05日(月)09時00分

今週のコラムニスト:レジス・アルノー

〔2月29日号掲載〕

 ニューヨークは眠らない街。東京はじっとしていられない街だ。

 1月末に東京大学地震研究所の教授が、東京で「大地震」が4年以内に発生する確率は70%だと発言した。30年以内で98%だという。しかしこのニュースが報道されてもパニックは起こらず、不動産の価格も株価も暴落しなかった。

 私が95年に東京へ来た頃は既に、「大地震」が東京を直撃する可能性について盛んに言われていた。私の母親や友人から見れば、私は英雄だった──「東京に住むの? 危険なんでしょう?」。

 以来、大きな地震が2回、確率はかなり低いと思われていた地域で起きた。79年以降、日本で10人以上の犠牲者が出た地震は、比較的確率が低いとされた地域で起きている。東北もリスクはかなり低いとして、故金丸信は仙台を第2の首都に推薦したではないか!

 一方で、私は東京のおかげで人生最高の15年を過ごしてきた。映画を1本作り、小説を出版し、こうしてニューズウィークに執筆している。

 だが大学時代の友人は、失業中か退屈な仕事をしながらわびしく暮らしている。フランス人の友人の実家の近所では、次々と泥棒に入られているそうだ。私が母親の懇願を聞き入れてフランスに残っていたら、失業か退屈な仕事に捕らわれの身かのどちらかになっていただろう。

 そう考えると、地震のリスクは引き受ける価値がある。どのみち危険な人生なら、東京の生活が一番かもしれない。いつか起きる危険と共に暮らすほうが、生涯ずっと惨めに暮らすよりいい。

 日本の歴史は常に、逆境に直面する確率との戦いだった。日本人は、明日にも消え去るかもしれない揺れる大地の上に、途方もなく豊かな街を築いてきた。サンクトペテルブルクは多くの人命を犠牲にして荒野に建設された。シリコンバレーは地震のリスクと隣り合わせだが繁栄している。このように不利な確率に挑むところには、詩情と集団の勇気が存在する。

 地震に立ち向かうことにより、耐震技術は驚異的な進歩を遂げてきた。関東大震災並みの「大地震」が来ても、被害は100年前よりはるかに小さいだろう。昨年3月11日の震源地に近かった仙台では、高層のビルほど揺れに耐えた。

 東京からリオデジャネイロに帰ったブラジル人の友人は、「ビルが倒れて死ぬかもしれないと怖くなって、東京から2万キロ離れたところまで逃げてきたけれど、近所で建築方法に問題があったビルが崩壊した」と言う。

■だから私はこの街で家を買う

「4年以内に70%」という予測が正しいかどうか、私には分からない。しかし地震の予測が常に外れてきたこれまでの歴史を振り返れば、この数字も間違っている確率は統計的にかなり高いだろう。
 
 東京大学のロバート・ゲラー教授(地震学)は次のように述べる。「検証されていない予測モデルにデータを入力して出力された、無意味な数字に基づく『予言』だ。3・11の前、東海は大変危険だが東北のリスクはほぼゼロと言い続けてきた研究者たちの計算だ」

 実際、「70%予測」は3月11日以降の半年間で活発になった地震活動の数字を基に、あまり検証されていない手法で割り出された。これは警戒を怠るなという呼び掛けであり、4年以内に東京が破壊されることに備えろという意味ではない。

 地震から人間を守る技術は進歩してきたが、地震を予知する技術はほとんど進歩していない。だから今回もパニックは起きなかった。だから私は年内に東京で家を買おうと思っている。

 日本の安全を人々が信じなくなったこの時期に、日本を去るのはあまりに臆病ではないか。今こそ私が日本にいる意味がある──日本人ではない私が、日本にとどまることが必要とされているのだ。日本を離れるものか!

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中国の新規銀行融資、11月は予想下回る3900億元

ビジネス

仏ルノー、モビライズ部門再編 一部事業撤退・縮小

ビジネス

ECB、大手110行に地政学リスクの検証要請へ

ワールド

香港の高層住宅火災、9カ月以内に独立調査終了=行政
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 2
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれなかった「ビートルズ」のメンバーは?
  • 3
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 4
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 5
    【揺らぐ中国、攻めの高市】柯隆氏「台湾騒動は高市…
  • 6
    受け入れ難い和平案、迫られる軍備拡張──ウクライナ…
  • 7
    首や手足、胴を切断...ツタンカーメンのミイラ調査開…
  • 8
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 9
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 10
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 6
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 7
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 8
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 9
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 10
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story