コラム
東京に住む外国人によるリレーコラムTOKYO EYE
「文化大国」の中国にアイドルが生まれない訳
今週のコラムニスト:李小牧
〔11月30日号掲載〕
李小牧には夢がある──歌舞伎町のティッシュ配りから案内人、在日中国人向け新聞発行に作家、そして故郷の味である湖南料理レストランオーナーと、新宿でやりたいことに好きなだけ挑戦してきた私のような男に、まだ実現していない夢があるのか、とあきれないでほしい。
私の最近の目標は、歌舞伎町案内人としてのわが人生を中国で映画化すること。中国では前向きに頑張る人の生き方を肯定的に描く「励志電影(リージーディエンイン)」というジャンルの映画が人気だ。歌舞伎町という「最高」の環境で、日本のヤクザや中国マフィアとのもめ事をかわしながら夢をかなえてきた日本での私の23年間は、就職難や格差に悩む中国人の若者を元気づける「励志電影」になるはずだ。
風俗やヤクザが登場する過激な映画が中国で上映できるのか、と疑問に思うかもしれない。最近の中国映画にはかなりセクシーな場面もあるし、戦争映画でもリアルな戦闘シーンが描かれている。共産党という最大のタブーさえ侵さなければ、面白いものは基本的にOK。ただその共産党の存在ゆえ、本物のエンターテインメントがまだ育っていない。
あまり気付かれていないが、人口が13億人もいる中国にいわゆるアイドルはほとんどいない。中国の若者が追い掛けるのは香港、台湾など中華圏の歌手やスターであり、日本のAKB48だ。
もちろん、映画のように国際的な評価が高い分野もある。ただ鄧小平が改革開放を始めてから30年以上たっても、ノーベル文学賞を取れそうな小説一つ出てこないことと、中国にアイドルが生まれないことは、実は関係している。本当の自由がないことが、小説やエンタメという表現の分野に抑圧を生んでいるのだ。
かつて毛沢東は「文化」大革命という名の「政治」「軍事」「外交」大革命で中国を大混乱させた。あの孔子も単なる思想家であると同時に、政治家であり外交官であり軍人でもあった。中国では政治と文化は分けることができないほど強く結び付いている。
「ソフトパワー大国」実現の鍵
そのことが、文芸やエンタメを随分窮屈にしてきたことは間違いない。中国にはカネもあり、人口も世界一。それなのにまともなアイドルすら育てることができないのは、香港や台湾、日本にある「心の自由」が中国人にはないからだ。
共産党は10月、重要会議である6中全会で「文化強国」の建設という議題について話し合った。世界第2位の経済大国という地位に見合うソフトパワーを身に付け、世界に影響を与えようということらしいが、アイドル一人育てられない国が「ソフトパワー」を輸出できるはずがない。現に中国政府は世界各地に「孔子学院」という学校をつくっているが、教えているのはもっぱら中国語だ。アニメ大国も目指しているが、できた作品は当たり障りのない動物ものばかりだ!
それもこれも、中国がこれまでの自分たちの歴史について反省してこなかったことが根本にある。何も毛沢東一人が悪いわけではない。経済発展の総設計士と言われる鄧小平だって、本当の改革はやらなかった。それは今の指導部も同じこと。いつまでたっても過ちを反省しないから、いつまでたっても物を言いづらい雰囲気が社会に漂い、自由な空気も生まれない。
日本で「忍者アイドル」として売り出していた中国人双子姉妹は、いま中国で「BENYLAN」というグループとして活動している。だが、世界第2位の経済大国が自力でアイドル一組つくれないのは情けない。
映画版『歌舞伎町案内人』が無事中国で上映されれば、アイドルも生まれない中国社会の閉塞感を打破する1つのきっかけになるだろう。李小牧の「文化小革命」は、いつか本当の「文化大革命」になるはずだ。
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