コラム

米国人ラッパーが作った最強の東京PRビデオ

2011年10月17日(月)09時00分

今週のコラムニスト:レジス・アルノー

〔10月12日号掲載〕

 東京という街を宣伝する史上最高の広告。これを作ったのは日本人ではない。ギリシャ出身の無名の監督とアメリカの超人気アーティストだ。

 霞が関のお役人の中で、ファレル・ウィリアムスの名を聞いたことがある人はそう多くはないだろう。だがウィリアムスは世界的なスター。73年生まれで、知名度においても影響力においても、同世代のアーティストの中では抜きんでた存在だ。多才な人物で、ラッパーであり歌手であり、ヒット曲を数多く手掛けたプロデューサーであり、作曲家であり、デザイナーとしての実績もある。

 要するに、ウィリアムスは流行の最先端にいる人間ということになる。一歩先を見て、食べ物や音楽、旅行先のトレンドを動かす「世界のトレンドセッター」であり、世界中の若者たちが彼の意見に耳を傾ける。宣伝マンとしてはこれ以上望むべくもない存在だ。

 そしてありがたいことにウィリアムスは「第二の故郷」と呼ぶほど東京が大好きだ。もし人気グループ「嵐」が出演する観光庁の日本観光PRビデオを通してしか日本を知らなかったとしたら、彼は東京のことを安っぽいメロディーの流れるつまらない場所だと思っていたに違いない。だがウィリアムスは過去何年にもわたり、何度も東京を訪れている。自分のブランドのために東京のデザイナーとコラボしたりもしている。

 3月11日の大災害をテレビで見て、ウィリアムスは東京を元気づけるために何かをしなければと思い立った。その結果生まれたのが『東京ライジング』だ。長さ6分のビデオクリップ5本からなるシリーズで、インターネットで無料公開されている(www.palladiumboots.com/video/tokyo-rising#part1)。

 まるで多額の製作費を掛けた映画を見るような映像で、東京の魅力的な場所やバーやクラブが紹介されているほか、ウィリアムスと東京の個性的な若きクリエーターたちとの対話も収録されている。エキサイティングなトリプル・ニップルズのショーに圧倒される場面もある。

■愛ゆえの賛歌、愛ゆえの説得力

 このビデオを見て、東京の全体像を描こうという意図が感じられないとか、原発事故後の東京の一部分しか伝えていないと言う人もいるだろう。だがタリア・マブロズ監督の東京の扱い方は素晴らしい。都市の最も基本的なインフラを映画の舞台装置に変えてしまったのだから。

 このビデオにおける新交通システム「ゆりかもめ」の使い方は非常に印象的だ。カネの無駄遣いの象徴を、「東京以外では消して体験できない長旅を楽しめる鉄道」へと変貌させた。あるシーンでは、ゆりかもめそれ自体が魅力的に映し出されている。最も基本的なものを使ってそれを美へと変える。これぞアートだ。

 ウィリアムスの「証言」は、外国人から発せられたものだからこそ意味がある。東京に魅力があろうがなかろうが、彼に利害関係はない。彼はただ東京という街を愛し、貴重な時間を割いて東京に救いの手を差し伸べようとしているだけなのだ。そんな彼の言うことならみんな信用するはずだ。

 もし責任者に外国人を起用していれば(韓国ではそうだ)、日本観光のPRはもっと成功していたかもしれない。日本の良さをうたう外国人が作った映画や歌やアートは、素晴らしい上に無料の広告だ。

 確かにウィリアムスのビデオには彼らしい「ポップな」世界しか描かれていないかもしれない。だが世界には、アラン・デュカスのようなシェフやクエンティン・タランティーノのような映画監督、デービッド・ピースのような作家など、日本からインスピレーションを得たクリエーターがたくさんいる。日本に恩返しができるとなれば、彼らも喜んでウィリアムスのような日本への「賛歌」を作ってくれるのではないだろうか。

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

オランダ政府、ネクスペリアへの管理措置を停止 対中

ワールド

ウクライナに大規模夜間攻撃、19人死亡・66人負傷

ワールド

ウクライナに大規模夜間攻撃、19人死亡・66人負傷

ワールド

中国、日本産水産物を事実上輸入停止か 高市首相発言
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影風景がSNSで話題に、「再現度が高すぎる」とファン興奮
  • 4
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 5
    マイケル・J・フォックスが新著で初めて語る、40年目…
  • 6
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 7
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 8
    「これは侮辱だ」ディズニー、生成AI使用の「衝撃宣…
  • 9
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 10
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 7
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 8
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 9
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 10
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story