コラム

「ガイジン地獄」六本木へようこそ

2010年08月16日(月)08時00分

今週のコラムニスト:レジス・アルノー

 羽を伸ばしたくなる夏に、夜遊びはつきもの。ビールと新しい出会いを求めて、六本木にでも繰り出そうか――こんな思いつきも不思議ではない。だが先日、友人に会うために六本木を訪れた私は、この選択肢がもはや存在しないことを思い知らされた。

 今の六本木はあまりに汚くて、危なくて、悲惨な場所だ。六本木と比べたら、あの歌舞伎町さえも銀座並みに小奇麗に思えてくる。

 かつてこの街にあった無邪気さは、シニシズムに取って代わられた。六本木交差点の辺りで立ち止まれば、ストリップを見ないかと誘う客引きの男や、フェラチオや路上セックスを堂々と持ち掛けるアジア系の売春婦がひっきりなしに寄ってくる。通りにはフライドチキンや油やハンバーガーの臭いが漂い、あちこちのクラブで麻薬が半ば公然と売られている。

 シックで素敵なレストランはどこも店じまいしてしまった。酒や外国人との会話を楽しみに六本木へ来ていた日本人女性の姿はもうない。年末年始は、暴力沙汰を警戒して出動した警察官でいっぱいだ。土曜日の朝の六本木は特に不潔で、バンコクかと錯覚するほど。レストランやクラブでも、最悪のサービスが横行している。

■かつては国際色豊かなパラダイスだったのに

 六本木の店では、注文した品の数倍の料金を吹っ掛けられることがしばしばだ。友人とあるクラブで大酒を飲んだときのこと。会計の際、私たちはシャンパンのボトル7本分の代金を請求された(いくら酒を飲んだとしても、私はそこまでは飲めない)。

 最近行った店では、水が欲しいと頼んだところウエーターに断られた。代金を払った飲み物しか出せない、と。私が大声で苦情を言うと、ようやく彼は1杯だけ水をくれた。「水は体に悪いんですよ!」というコメント付きで。

 このささやかな、そしていかにも「近頃の六本木」的な体験のおかげで、多くの友人と同様に私も2度と六本木へ行く気がしなくなっている。

 私が日本へやって来た95年当時、六本木はまだ東京の魅力の1つだった。この街でなら、私のような外国人も国際色豊かな人たちとフレンドリーで楽しい時間を過ごせた。私の外見を理由に入店を断るバーやナイトクラブはなかった。路上でのけんかもなかった。人々はどんなに酔っ払っていても礼儀正しかった。

 実際、いくつかのバーは「奇跡的顧客層」とでも言うべき顔ぶれに満ちていた。日本人サラリーマン、タイ出身の女装愛好者、日本在住のアメリカ人、アフリカ人外交官、学生、退職した日本人の高齢者、米軍兵士、日本人OL......。

 日本の女性たちは外国人との出会いを求めて、あるいは「外国風」の雰囲気の中で酒を楽しむために六本木へやって来た。この街では、ビール1本分の金があればどんな人とでも仲良くなれた。ウエーターは酒を注文しろと迫ったりはせず、何も頼まずに何時間でも店にいることができた。

■今の六本木は移民反対派に好都合

 私の故郷であるパリはとても閉鎖的な街だ。パリのナイトクラブには誰かと一緒か、常連客の紹介がなければ入れない。パリ出身の私のような者にとって六本木は素晴らしい場所だった。

 意外な話だが、警察も東京都も六本木の現状を野放しにしている。石原慎太郎都知事は、歌舞伎町に対して行ったように、とっくの昔に六本木の「浄化作戦」に乗り出していてもいいはずだ。けれど六本木は、何の措置も取られないままひたすら悲惨さを増すばかり。普段は警察官の姿もほとんど見掛けない。

 なぜか。もしかしたら今の六本木は一部の人にとって好都合なのかもしれない。日本政府は六本木を指差して、これ以上日本に外国人を受け入れることはできないと国民に訴えやすくなる。

 以前NHKが放送した六本木についての番組は、外国人は日本にとって単なるトラブルメーカーだという主張のいい証拠だった。「移民を増やせ? 六本木を見てみろ!」というわけだ。

 悲しいことに、六本木は「反・外国人」の象徴になってしまったのかもしれない。だが実際には、今の六本木は外国人の私にとっても地獄のような場所だ。私が今このコラムをパリで書いているのは、かつて愛した街を失った寂しさを埋めるためなのだろうか。

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

英首相、トランプ氏の圧力に「譲歩しない」 グリーン

ワールド

欧州議会、米EU貿易協定の作業凍結 グリーンランド

ワールド

トランプ氏、ゼレンスキー氏との会談は22日に 「合

ワールド

トランプ氏、グリーンランド取得で武力行使を否定 ダ
MAGAZINE
特集:「外国人問題」徹底研究
特集:「外国人問題」徹底研究
2026年1月27日号(1/20発売)

日本の「外国人問題」は事実か錯誤か? 7つの争点を国際比較で大激論

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    完全に「ホクロ」かと...医師も見逃した「皮膚がん」の写真がSNSで話題に、見分け方「ABCDEルール」とは?
  • 2
    韓国が「モンスター」ミサイルを実戦配備 北朝鮮の核開発にらみ軍事戦略を強化
  • 3
    ニュージーランドの深海に棲む、300年以上生きている「とてつもなく巨大な」生物...その正体は?
  • 4
    ピラミッドよりも昔なのに...湖底で見つかった古代の…
  • 5
    飛行機よりラク? ソウル〜釜山「110分」へ――韓国が…
  • 6
    【総選挙予測:自民は圧勝せず】立憲・公明連合は投…
  • 7
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 8
    「怖すぎる...」モルディブで凶暴な魚の群れに「襲撃…
  • 9
    宇宙人の存在「開示」がもたらす金融黙示録──英中銀…
  • 10
    世界初で日本独自、南鳥島沖で始まるレアアース泥試…
  • 1
    上野公園「トイレ騒動」に見る、日本のトイレが「世界一危険」な理由
  • 2
    ピラミッドよりも昔なのに...湖底で見つかった古代の船が明かす、古代の人々の「超技術」
  • 3
    世界初で日本独自、南鳥島沖で始まるレアアース泥試掘の重要性 日本発の希少資源採取技術は他にも
  • 4
    【クイズ】韓国を抜いて1位に...世界で最も「出生率…
  • 5
    韓国『日本人無料』の光と影 ── 日韓首脳が「未来志向…
  • 6
    正気を失った?──トランプ、エプスタイン疑惑につい…
  • 7
    世界最大の埋蔵量でも「儲からない」? 米石油大手が…
  • 8
    中国のインフラ建設にインドが反発、ヒマラヤ奥地で…
  • 9
    完全に「ホクロ」かと...医師も見逃した「皮膚がん」…
  • 10
    【銘柄】「住友金属鉱山」の株価が急上昇...銅の高騰…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した─…
  • 6
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 7
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 8
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 9
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 10
    前進するロシア、忍び寄る限界...勝者に見えるプーチ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story