コラム

胡錦濤総書記がノーベル賞を取る方法

2010年06月21日(月)09時24分

今週のコラムニスト:李小牧

 李小牧は有名人に会うのが大好きだ。ジャッキー・チェンが映画のロケで新宿に来たときには撮影に協力して記念写真を撮ったし、国家主席の胡錦濤総書記や温家宝首相が日本に来たときにはレセプションに参加して、2人が歌舞伎町を「見学」できるよう歌舞伎町案内人の連絡先の入った名刺を渡そうとした(笑)。

 名刺の話はもちろん冗談だが、有名人に会いたいと思うのは、単なるもの珍しさからだけではない。他人の注目を集める彼らは、みな独特の「気場(オーラ)」をもっている。それを感じることで、自分も刺激や元気をもらえる。

 その李小牧が今、ぜひとも会って話をしたい人物がいる。チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世だ。

 意外に思うかもしれない。大多数の中国人にとって、ダライ・ラマは今でも国家を分裂させようとする「大悪人」。中国と違ってさまざまな情報が耳に入る在日中国人でも、彼に理解を示す人はまだ少ない。

■世界が気づかないチベット問題の深刻度

 正直、私も以前はそれほど興味をもっていなかった。それが俄然「会いたい!」と思うようになったのは、香港のニュース週刊誌『亜洲週刊』6月13日号のダライ・ラマのインタビュー記事を読んだからだ。記事の中で彼は「独立を求める声がチベット人の間で強くなれば、辞職・引退するしかない」と示唆した。え、辞めちゃうの? だったらその前に会わないと損じゃん!?

 というのももちろん冗談(笑)。だが、もしダライ・ラマが辞めてしまったら、独立を求めるチベットの人たちのコントロールが効かなくなる。中国政府はダライ・ラマが「いなくなる」のを待っているのかもしれないが、そうなると事態はきっと今より悪くなる。今、お互いが解決のための「階段」をつくって一歩ずつ歩み寄らないと、それほど遠くない未来に大きな衝突が起きかねない――チベット問題は実はそんな深刻な状況になっている。

 李小牧はダライ・ラマにも中国政府にも肩入れするものではない。ただ、さまざまな情報が手に入り、自由に誰とでも会える日本在住の中国人作家の1人として、正しい情報を発信する責任がある。そもそも直接話をしなければ、ダライ・ラマが救世主なのか大悪人なのかも分からない。

■ダライ・ラマは生まれ故郷に帰るべき

 和解のための第一歩として、中国政府はダライ・ラマの帰郷を認めるべきだ。ダライ・ラマは故郷のチベットをもう51年間も離れている。51年間も故郷の友人や親戚と会えず、故郷の料理を食べられないなんて、私なら考えられない。湖南料理を1週間でも食べられなかったら、きっと気が狂ってしまう(笑)。

 中国政府が彼をチベットに連れ帰ったら、全世界が驚くだろう。胡錦濤総書記のノーベル平和賞受賞だってあり得ない話ではない。胡錦濤にできないなら、次の総書記でもいい。我こそはと思うリーダーたちは、今すぐ動き始めるべきだ!

 中国政府だけでなく、チベットの側も中国の力をうまく利用したほうがいい。そもそも今、突然独立しても、チベットだけで国を運営するのは難しい。4月の青海地震で中国政府は本気でチベット族を救援した。もし独立していたら、チベットはどこまで自力で被災地の救援と再建をできただろうか。

 この半世紀、チベット問題が解決しなかったのは、中国政府だけでなくチベット側にも問題があった。ダライ・ラマがいわゆる「中間路線」を実現できず、今ひとつ世界に共感も広がり切っていないのは、中国の経済力が急速に伸びたせいだけではない。安全のためとはいえチベットを脱出してインドに逃れ、西側諸国を旅行する以外はそこから動こうとしなかった。このことと、今の閉塞した状況は無関係ではないだろう。

■「中国・チベット仲介人」になってもいい

 ウイグル族の民主活動家、ウアルカイシは逮捕されてもいいから中国に帰ろうとして、これまで2度中国政府に門前払いされている。思想や考え方は別にして、私は1人の中国人として、彼の「帰りたい」という気持ちを応援する。ダライ・ラマも同じ。もはやインドに留まるのを止めて、何としてもチベットに帰るべきである。

 ダライ・ラマは現在、来日中だ。今月19日朝、私は東京の外国人特派員協会で行われたダライ・ラマの記者会見に飛び入り参加した。演壇に向かう途中「ニーハオ!」と声をかけた私を覚えていたらしく、会見が終わって会場を出るとき、ダライ・ラマは私をわざわざ探して「你従中国哪里来?(中国のどこから来たのですか?)」と声をかけてくれた。「歴史的握手」も交わした。直接会ったダライ・ラマの印象は、世界的に有名な偉い人というより「やさしいおじいさん」だった。

 私はぜひダライ・ラマと、中国、チベット、世界そして歌舞伎町(笑)の未来について語り合いたい。究極のグレーゾーンである歌舞伎町で22年間ヤクザやキャッチといった敵と戦い、そして和解して来た李小牧は、いわば生きる「中間路線」。ダライ・ラマと直接対話する機会があれば、歌舞伎町案内人改め「中国・チベット仲介人」になってもいい、と伝えるだろう。もちろんバックチャージはいらない(笑)。

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

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