コラム

日本人には天下りがふさわしい

2010年06月07日(月)11時33分

今週のコラムニスト:レジス・アルノー

 近頃の日本では、政治家と官僚は90年代のオウム真理教並みに人気のようだ。政治家のスキャンダルと並んで官僚の権力乱用が連日報じられ、霞ヶ関ではもはや誰も安心していられない。

 政治家たちが「絶望的な無能集団」なら、官僚は日本を破滅させる卑劣な組織とみなされている。この時期、「将来は公務員になりたい」などと学生が言えば、「ポン引きになりたい」と言ったかのごとく、父親にひっぱたかれるかもしれない。「天下り」も国民への侮辱と見なされつつある。官僚はどこにも行きつかない橋を建設し、自分たちが監督すべき業界でお気楽な仕事を手にしている「ひどい奴ら」だ。

 だが日本人は気付いていない。鳩山由紀夫首相も退陣と相成り、5年間で4人も首相が変わるような政治不安の日本では、官僚こそが「縁の下の力持ち」だということを。

 私自身はお役所に出向くたびに、職員たちの熱心な仕事ぶりや優しさに驚かされる。私は新宿区に住んでいるが、自転車で区役所に行くたびにまるでグランドハイアットを訪れたかのような気分になる。まず、自転車を停める場所があるのが驚きだ。世界の大都市の区役所で、一般市民のための駐輪場を備えたところがほかにあるだろうか? 社会福祉部局の職員たちは驚くほど手際がいいし、一部の業務は土曜日の午前中も受け付けてくれる!

 日本人はフランスの区役所を訪れて、その違いを感じてみるべきだ。文書1枚もらうのに1年も2年も待たされたり、順番待ちで3時間並ばされることもある。職員たちはエッフェル塔ぐらいプライドが高くて横柄だ。

 日本のお役所の資金力が限られていることも心に留めておくべきだ。フランス人の銀行家が私に言ったことがある。「日本の民間部門はリッチだが、公的部門は貧乏だ」。

 行政機関の血液となる税金は依然として安く、人員も不足している。日本の労働人口のうち公的部門で働いているのはわずか5%。フランスは22%だから日本の4倍だ。でもフランスのお役所が日本のそれより4倍優れているとは思えない。

■政治的空洞の中、安定しているのは官僚機構だけ

 天下りは確かにひどい制度で、多くの不正の温床になっているが、それでも2つの存在理由がある。まず、官僚たちが若い頃に耐えてきた苦難に対する埋め合わせの意味がある。理想に燃えた若い官僚たちは、民間企業に就職した学生時代の友人に比べて安月給の仕事にも耐えてきた。「年を取ったら高い給料をもらえる」と期待していたからだ。

 重要なのは2つ目の理由だ。天下りが存在するのは、信頼できる政治制度がお役所をしっかりと支配していないからだ。「脳」となるべき政治家たちがもはや機能していない日本は脳死状態にある。国政のトップがコメディーさながらにコロコロと替わる日本では、意味のある改革など実行できるはずもない。もちろん、政治家側にも言い分があるだろう。フランスと違い、日本の国会議員には任務遂行のための十分な財政資源が与えられていない。それは閣僚も同じだ。人員不足、資金不足に悩まされる彼らは、結果的に官僚に頼るしかない。

 官僚と癒着した自民党政治に嫌気が差した有権者は民主党に政治を託したが、選択肢としては何とも貧弱だった。民主党指導部の大部分はかつて自民党にいた面々なのだから。大きな変化といえば、与党が「自民」から「民主」へと漢字が1文字変わったことぐらい。政権交代自体はいいことだが、アメリカやヨーロッパで見られるような変化は起きなかった。しかも民主党には党員を結束させるイデオロギーがない。こんな「政治的空洞」に陥っている日本の中で、唯一安定しているのが官僚機構だ。不正が横行したってちっとも不思議ではない。

■真剣に未来を考えているのは沖縄県民だけ

 日本人はマスコミ報道を鵜呑みにして、政治の空洞化は「絶望的なほど見込みのない政治家」のせいだと言うかもしれない。しかし、政治に変化を起こす力を持っているのは誰? あなたたち日本国民だ。なのに日本人は政治について真剣に考えず、無能な政治家たちに投票し続けている。自分で投票したのだから文句を付ける権利はない。国民が選んだわけではない独裁政権なら文句も言えるが、民主主義ではそうもいかないのだ!

 今の時代、自分たちの将来に真剣に向き合っているのは沖縄県民だけではないか。沖縄では選挙で選ばれた議員たちが真に県民の代弁者となり、彼らの権利のために戦っている。彼らは民主主義の本当の価値を知っている。

 おかしなことだ。日本人は自分たちが作ったり、消費したりする製品の品質では妥協しない。だから世界中で「日本」と「高品質」は同意語になっている。なのに国づくりの基礎である政治に関しては、アフリカの中堅国家並みの水準に甘んじている。それが当然とでもいうように、何も考えず、無能な世襲議員に票を投じている。政治の力で国を変えたいと本気で思っていないのだろう。

 官僚や政治家を批判する日本人は、「自分が欠陥住宅を建ててしまったのは金づちが悪いからだ」と言う建設作業員と同じだ。実は選りすぐりの材木(官僚)が揃っているのに、それを使いこなせる金づち(政治家)を見分ける目がないせいで、家(政治)は欠陥だらけ。このことに気付かない鈍感な日本人には、やっぱり天下りがふさわしい。


プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ミャンマー地震、死者1700人・不明300人 イン

ビジネス

年内2回利下げが依然妥当、インフレ動向で自信は低下

ワールド

米国防長官「抑止を再構築」、中谷防衛相と会談 防衛

ビジネス

アラスカ州知事、アジア歴訪成果を政権に説明へ 天然
MAGAZINE
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
2025年4月 1日号(3/25発売)

トランプの「逆風」をはね返す企業の努力が地球を救う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    突然の痛風、原因は「贅沢」とは無縁の生活だった...スポーツ好きの48歳カメラマンが体験した尿酸値との格闘
  • 3
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 4
    最古の記録が大幅更新? アルファベットの起源に驚…
  • 5
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 6
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 7
    「炊き出し」現場ルポ 集まったのはホームレス、生…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 10
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 1
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 2
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 5
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 6
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えな…
  • 7
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」…
  • 5
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 6
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 7
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 8
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 9
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 10
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story