コラム
東京に住む外国人によるリレーコラムTOKYO EYE
「トヨタドラマ」の日米格差
(2月24日、ワシントン)
Hyungwon Kang-Reuters
今週のコラムニスト:レジス・アルノー
ここ数年、日本人はアメリカのテレビドラマに夢中だった。『24-TWENTY FOUR-』『CSI:科学捜査班』『LOST』、最近では『FRINGE フリンジ』が人気だ。しかし今年注目のドラマと言えば、何といっても『ミスター・トヨタ、ワシントンへ行く』だろう。間もなくTSUTAYA(ツタヤ)の新作コーナーにお目見えするはずだ。
『ミスター・トヨタ』のストーリーは単純かつドラマチック。グローバルな自動車メーカーが最大のピンチに陥った。同社の車が招いた事故による死者が10年で30人を超えたとされるなか、社長は信用を取り戻すため米議会に乗り込んでいく。彼はこの危機をどう乗り越えるのか。
この新しいドラマは『ローマの休日』に似ている。オードリー・ヘプバーン演じる若き王女アンがローマでひと時の甘い生活を楽しむ、あのクラシック映画だ。2つとも基本的な筋書きは同じ。映画の世界ではお馴染みの設定でもある。主人公を慣れない環境に放り出し、文化のギャップにどう対処するかを観察するというものだ。
アン王女と同じように、創業者一族出身の豊田章男社長も「王子」のようなもの。言葉が分からない国で奮闘する点も共通している。だがこれまでのところ、豊田社長よりもアンの適応力の方が上だと言えるかもしれない。少なくとも、アンが乗るスクーターはちゃんと走っていた。もちろん『ローマの休日』はロマンスで、『ミスター・トヨタ』は法廷ドラマとホラー映画(特に豊田社長にとっては)の中間、という違いはあるが。
■豊田章男と酒井法子の奇妙な共通点
一方で、『ミスター・トヨタ』には他のドラマと大きく違う点がある。それはアメリカ版と日本版という、2つのバージョンがあるということだ。
アメリカ版はかなり古典的。主人公の豊田章男は初めから犯人の設定で、自分の無罪を証明しなければならない。言うこと為すことすべてが、彼にとって不利な形で返ってくる。リコールを発表すればするほど、信用は落ちていく。この原稿を書いている段階では、豊田社長のアメリカでの人気はウサマ・ビンラディン並み。昨年ゼネラル・モーターズ(GM)が破綻したときにはトヨタを模範企業として絶賛していた米メディアの豹変振りは、実に面白い。例えて言うなら、日本のメディアが酒井法子たたきに転じたときのようだ。
アメリカ版に比べて日本版は退屈だが、ヒネリは効いている。日本版では、トヨタに問題はないとされる。まったく同じ車に対し、アメリカ版では電子制御システムに対して厳しい疑惑の目が向けられるが、日本版ではそうはならない。この点で日本版のストーリーは面白味に欠けるが、実はこちらのバージョンでは車の欠陥それ自体がほとんど無関係。なぜなら日本版は、「アメリカ版についてのドラマ」だからだ。
■フランス人として中立な立場で観ると
日本版のドラマは問題の真実に迫るのではなく、アメリカのメディアがどう伝えているかということに焦点を当てる。トヨタ車の信頼性、リコールに関する日米の訴訟制度と条件の違い、両国の消費者の立場はそれほど重要ではない。最大のポイントは、豊田社長がアメリカのメディアによる攻撃をいかに逃げ切るか、だ。
日本版とアメリカ版では、編集の仕方も違う。例えば、豊田社長がアメリカで販売店のディーラーたちを前に涙ぐむシーンは日本版では最大のハイライトだが、アメリカ版ではあまり重視されていない。
結局のところ、私たち視聴者はそれでも通常通り自動車を運転し、次週のドラマを楽しみにする。次週以降も驚くべき展開が待ち構えているはずだ。スペシャルゲストの登場も期待できる。プリウスのCMに出ていたレオナルド・ディカプリオがゲスト出演したり、タイガー・ウッズがカローラの中で浮気していたと告白すれば、さらに盛り上がるだろう。
さて、ヒーローは生き延びられるのか? シーズン2はあるのか? ただ1つ確かなのは、主人公の豊田章男はこのドラマをさっさと終わりにしたいと思っているということだ。
フランス人として中立な視聴者である私にとって、トヨタをめぐるドラマは、グローバル化は世界をより均一にするのではなく、違いをより際立たせるということを再認識させるものだった。アメリカと日本のドラマに共通点があるとすれば、どちらもワイドショー化しているということだ。観れば観るほど、真実は分からなくなる。
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