コラム

「日韓対決」なんてもうこりごり!

2010年03月02日(火)18時10分

今週のコラムニスト:コン・ヨンソク

 記憶に残る熱戦が繰り広げられたバンクーバーオリンピックが幕を閉じた。日本のメディアはお決まりの「感動をありがとう」という言葉で大会を締めくくったが、僕は正直、「終わってくれてありがとう」だ。

 というのも、近年何かと日韓対決が多すぎる。昨年のこの時期はWBCの壮絶な戦いがあり、その後、米女子ゴルフツアーでは宮里藍とシン・ジエの賞金王争い、バレーボールの日韓戦、秋からはフィギュアシーズン、そして、2月14日にはライバル対決の元祖・サッカー日韓戦があった。

 宿敵とされ、常に日本の世界への前途に立ちはだかる「憎き」「赤い壁」韓国。「日本が韓国に負けてはならない」というより、「韓国が日本に勝ってはいけない」かのように報じる日本のメディア。日本に住む韓国人としては、つらい日々が続く。僕でも嫌気がさしているのだから、かみさんが日本に住むのが嫌になりホームシックにかかるのも無理はない。

 以前は、日韓戦はサッカー専用だったが、いまや、スポーツだけでなくあらゆる分野で韓国が力をつけ、日本のお株を奪い、お家芸を侵食するようになり、日韓は「宿命のライバル」になってしまった。日本に住む韓国人として、「韓国が強くなりすぎてゴメンナサイ」とでもいえば、許してもらえるのだろうか。

 仮に今回の女子フィギュア・スケートで、浅田真央が韓国人ではなく欧米人に負けたのであれば、これほどまでに採点基準に文句をつけたり、「技術力」にこだわっただろうか? やり場のない憤りはどこから来ているのか冷静に考える必要がある。真央はトリプルアクセルにこだわり、他のスケーターは自分に合った演技を極めればいいだけの話だ。

 とはいえ、キム・ヨナと浅田真央のライバル対決は、日韓がしのぎを削れば、高いとばかり思っていた「世界の壁」を乗り越えるばかりが、日韓が「世界」になることが可能だと示してくれた歴史的快挙でもあった。

■ソウル駅でも真央への拍手が

 日韓の報道もこれまでの日韓対決とは趣を異にし、比較的ライバルの2人へ関心と敬意が払われていたといえる。NHKの浅田真央スペシャルは見方によっては、キム・ヨナスペシャルでもあったし、テレビ東京のエキシビションの中継の際、日本人選手と同様にヨナのプログラムでも、画面を隠す地図入り津波情報が消えていた。双方でヨナと真央いうファーストネームが定着し、ソウル駅のテレビ前でも真央の演技を称える拍手が起きた。

 もちろん、日本の男性キャスターに特徴的だが、何としても真央の負けを認めたくない、優位を確認したい心理も見え隠れした。その結果、論調は真央のトリプルアクセルと技術力に収斂していった。高難度の大技に果敢にチャレンジする真央vs「妖艶さ」「表現力」、そして「プログラム」「コーチ」で優位に立つヨナという図式だ。

 しかし、プロの解説者が公平に指摘する通り、トリプルアクセルだけが技術力のすべてではなく、3回転ジャンプを続けてきれいに跳ぶことも高い技術力を要する。それが簡単ならば、他の選手も容易に得点を稼げていたであろう。

 ある男性キャスターは、(トリプルアクセルを跳ばなければ)アイスダンスになっていくとまで言った。ヨナのあのプログラムをアイスダンスと呼んだら、それは荒川静香やミキティを含めたすべてのフィギュア・スケーターたちに対する侮辱だ。

 このような過度の技術力へのこだわりはどこから来ているのだろうか? 僕には、同時進行で行われたトヨタのアメリカでの公聴会とダブってみえた。絶対的信頼と自信を誇っていた「日本の技術力」に陰りが見え始めたと捉えかねられない事態に対して、トヨタの過失を認めたくなく、アメリカの陰謀だと思いたい心情が、真央のトリプルアクセルへの執着に拍車をかけたのではないだろうか?

 真央はその不安を払しょくするかのように、見事に3回とも成功させたので、日本の技術力の優秀さは証明できたのかもしれない。しかし一方で、エキシビションの際、中国ペアの技術力溢れる演技に対して解説者は、「アクロバット」という表現を使った。技術力はあくまで日本の専有物にしたいのだろうか。

■「韓国人はみんな大喜び」は幻想

 トリプルアクセルだけを特別視する見方では、真央に金メダルをとらせることは可能かもしれないが、それは日本のフィギュア・スケート界全体にとっていいことなのだろうか。高橋大輔、安藤美姫いずれも表現力が高く評価されているスケーターだ。きめ細かい技術に完成度の高いジャンプと表現力を含めた総合力で勝負するヨナのスケートこそ、日本のスケーターの模範になるのではないだろうか?

 それに、トリプルアクセルが日本の技術力の象徴とされてしまい、これから4年間、数千回トリプルアクセルを跳ばなければならなくなった真央の体は果たして大丈夫だろうか。

 いつか真央が世界一になる日も来るだろう。だけど、これだけは自信をもって言える。真央の人生は変わっても、あなたの生活は何も変わらない。テレビ局やスポンサーは大喜びだろうが、誰もあなたにかけそば一杯ごちそうしてはくれない。祭りの後、たまった仕事をこなしながらこのコラムをせっせと書いている僕のように、そのうち感動も薄れていくだろう。そして、いつか負ける日を心のどこかで恐れて生きるだろう。

 そう、ヨナが勝っても韓国人の僕の人生は何も変わらない。韓国人はみんな大喜びというのも幻想だ。ネチズンの中には、ヨナに寄付を促す声や、ヨナが勝っても生活は変わらないのに、ヨナのことばかりでもう飽き飽きだという声もある。極めて健全だ。

 僕の家庭の安寧のためにも、日韓対決はもうこりごりだ。何でも日韓戦の図式に持っていくのはやめてくれ!もちろん、韓国に住む日本人も同様の苦痛を味わっているだろう。「世界」になるために(またはそれを確認するために)、国を挙げてこれほどヘビーな日韓対決を繰り返さないといけないのかと思うと、あの議員の言葉が心にしみる。

「2位じゃダメなんでしょうか?」

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏 、 ホルムズ海峡に多くの国が軍艦派遣と

ビジネス

イラン情勢注視続く、FRB金利見通しも焦点=今週の

ワールド

イスラエル、レバノンと数日内に協議へ ヒズボラと戦

ワールド

北朝鮮の金総書記、多連装ロケット砲の発射訓練視察=
MAGAZINE
特集:教養としてのミュージカル入門
特集:教養としてのミュージカル入門
2026年3月17日号(3/10発売)

社会と時代を鮮烈に描き出すミュージカル。意外にポリティカルなエンタメの「魔力」を学ぶ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    ズボンを穿き忘れてる! 米セレブ、下を穿かず「目のやり場に困る」衣装...「これはオシャレなの?」
  • 3
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製をモデルにした米国製ドローンを投入
  • 4
    有人機の「盾」となる使い捨て無人機...空の戦いに革…
  • 5
    「筋肉はモッツァレラと同じ」...なぜウォーミングア…
  • 6
    機内で「人生最悪」の経験をした女性客...後ろの客の…
  • 7
    イラン攻撃のさなか、トランプが行った「執務室の祈…
  • 8
    世界の視線は中東から日本へ...企業主導で築くインド…
  • 9
    ファラオが眠る王家の谷に残されていた「インド系言…
  • 10
    幼い子供たちの「おぞましい変化」を克明に記録...「…
  • 1
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 2
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 3
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」と言われる外国特派員の私が思うこと
  • 4
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する…
  • 5
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製…
  • 6
    「このままよりはマシだ」――なぜイランで米軍の攻撃…
  • 7
    職業別の収入に大変動......タクシー運転手・自動車…
  • 8
    キャサリン皇太子妃、英連邦デー式典に出席...公開さ…
  • 9
    世界の視線は中東から日本へ...企業主導で築くインド…
  • 10
    ショーン・ペンは黙らない――「ウクライナへの裏切り…
  • 1
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 2
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 3
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 4
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 5
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 6
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 7
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 8
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
  • 9
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く…
  • 10
    「罠に嵌められた」と主張するが...欧州で次々と摘発…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story