コラム

「エアコン中毒」の日本を救え

2010年02月01日(月)12時25分

今週のコラムニスト:レジス・アルノー

 ある日の真夜中、私は凍りつくような寒さと妻と2人の娘が鼻をすする音で目を覚ました。自分の鼻の先を触ってみると、まるで氷のよう。数時間前にベッドに入ったとき、私はエアコンを付けるべきかどうかという、毎晩お馴染みのジレンマと闘っていた。エアコンを付ければ、頭の上で「ウー」という騒音が鳴り続け、東京電力の株主たちを喜ばせ、翌朝息苦しいほど乾燥した部屋で目を覚ますことになる。

 それなら、エアコンを付けないでおくべきなのか。そうなればもう1度、バーチャル北極ツアーに出かける準備をしなければいけない。

 私はベッドの中で、ガタガタ震えながら思った。「そうだ、ここは日本だった。G20で第2の経済大国でありながら、住宅環境はG20で最悪の、日本だった----」

 欧米人の中には、日本の家をその小ささから「ウサギ小屋」と揶揄する人もいる。実はそれほど小さくないのだが(部屋がたくさんあるため、1つ1つの部屋が小さく見えるだけ)、人が快適に住むようには設計されていないという点では一理ある。

「2020年までにCO2を90年比で25%削減する」----これが、我らが鳩山由紀夫首相がぶち上げた目標だ。だがこの目標は野心的過ぎて、専門家や企業の経営者らは到底不可能だと思っている。

 御手洗冨士夫・経団連会長(キヤノン会長)は鉄鋼業界など主要なCO2排出企業と声を合わせ、製造業界はすでに多大な努力を払ってきたとして、これ以上の削減は無理だと主張している。投資会社CLSAの最新の報告書によると、例えば鉄鋼業界がこの目標を達成するには製造自体を30%削減しなければならない。30%とは、鉄鋼業界の輸出量に相当する量だ。

 御手洗の主張は多くの点で的を射ている。日本の産業界は70年代の石油危機以降、生き残りを賭けてエネルギーの大幅な節約に努めてきた。日本では、GDP(国内総生産)当たりのエネルギー消費量がとても少ない。日本の問題は産業界ではなく、住宅なのだ。

■世界標準とかけ離れた断熱基準

 日本の住宅(とりわけ戸建ての家)の内装や装備はとても貧弱だ。この国はとかく節約重視の質素な文化を強調したがる。だが冷暖房のエネルギー消費について言えば、(自覚があるかどうかは別にして)日本人は「ジャンキー」だ。政府が支える電力業界が生み出すエネルギーに依存する「エアコン中毒」だ。

 日本の住宅は夏は暑くて冬は寒い。そのため、子供に風邪を引かせたくない母親たちや、快適な温度でリラックスしたい父親たちは、エアコンに頼りまくるほかない。

 2年前の夏に父が来日したとき、あまりの暑さに唯一エアコンが付いている部屋からほとんど出てこなかった。国民にとっては悲惨な事実といえるだろう。国中で一番居心地が悪い場所が、自分の家なのだから。自宅よりもコンビニや駅ビルの方が快適だという状況に、どうして我慢できるのだろうか。

 この惨状には1つの原因がある。エネルギーの節約につながるような厳しい断熱基準を設ければいいのに、政府がそれをしていないということだ。

 日本では2000平方メートル以下の建物(8割が該当する)の断熱・気密性については、3つの基準が設けられている。80年の旧省エネ基準、92年の新省エネ基準(実際には古いのに「新」と呼ぶのが日本の不思議)、99年の次世代省エネ基準だ。

 建設会社は、このうち好きな基準を採用できる。現在、新築物件の50%は92年基準、30%が99年基準で建てられる。だがこの99年基準自体が緩すぎて、フランスの基準に比べるとエネルギー効率は25%低い。92年基準のエネルギー効率にいたっては、フランス基準より50%低い。つまり、現在の日本の新築物件の半分は、エネルギー効率がフランスの物件の2分の1ということになる!

■「文化」を言い訳に無策を肯定するな

 民主党政権は先頃、住宅版エコポイント制度の詳細を発表した。この制度では、99年基準で新築物件を建てれば30万ポイント(30万円)獲得できるが、建設費全体から見ればたいした額ではない。もちろん、前向きな一歩であることは確かだ。大きな節約にはならないが、少なくとも99年基準を採用するよう奨励される。

 だが政府はもっと積極的に動くべきだ。例えば、断熱基準に耐震基準と同様の法的拘束力を持たせて、厳しく規制するのだ。建設業者はこう考えるかもしれない。「耐震性は命に関わることだが、断熱性は快適さの問題だ。日本人はそれほどこだわっていない」

 日本人はとかく「文化」や「風習」を持ち出して言い訳をする。だが断熱性が高い家が快適かどうかは、実は問題ではない。断熱性が高ければエネルギーの節約になり、外国からのエネルギー輸入を減らし、最終的には環境を守ることになる。

 断熱性が低いと生活環境は悪化し、電気代はかさみ、結果として膨大なCO2が排出される。TOTOの暖房便座が成功したのも、トイレが寒いからだろう。TOTOは海外への売り込もうとしているが、私に言わせれば、暖房便座は莫大なガソリンを消費するトイレ界の「ハマー(GMの大型SUV車)」だ。

 日本政府は世界基準の断熱基準を義務化することで、こうした状況を変えることができる。そうすれば、東京には何百年も住み続けられるような強固な建造物が建てられるようになるだろう。

 一方で、今は過密状態の建築業界は仕事が減ることになる。断熱性が向上して日本の家庭で使われる電力が劇的に減れば、東京電力の収益も減ることになるだろう。日本の電気代は他の先進国に比べてはるかに高い。

 住宅の断熱性能の基準が強制化されないかぎりは、残念ながらわれわれは冬や夏に苦しむ運命にある。私がひどいと思うのは、繰り返しになるが、「文化」を理由に無策を肯定することだ。経済産業省のある官僚は、私にこう言った。「日本では家屋と自然は一体化している。日本の住宅の風通しが良いのはこのためだ」

 日本よ、カチンコチンに凍ったその頭を、そろそろ溶かしてくれないか?

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、大麻規制緩める大統領令に近く署名か 米

ワールド

ウクライナ、東部要衝都市を9割掌握と発表 ロシアは

ビジネス

ウォラーFRB理事「中銀独立性を絶対に守る」、大統

ワールド

米財務省、「サハリン2」の原油販売許可延長 来年6
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    【銘柄】「日の丸造船」復権へ...国策で関連銘柄が軒…
  • 8
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 9
    9歳の娘が「一晩で別人に」...母娘が送った「地獄の…
  • 10
    【人手不足の真相】データが示す「女性・高齢者の労…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 8
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 9
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 10
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story