コラム
東京に住む外国人によるリレーコラムTOKYO EYE
東京は「われ歩く、ゆえにわれあり」/My Toe in Tokyo
今週のコラムニスト:マイケル・プロンコ
数週間前、自宅の廊下で本棚にしこたま足をぶつけた。まず足の薬指と小指が、その後は足首全体が青から紫、そして緑色へと変わっていった。
グーグルで調べた治療法に従って患部を冷やし、痛み止めを飲んで足を高く上げてみたが、試験の監督をしなければならない数日後になっても痛みは一向にひかなかった。
そのためつま先をテーピングし、痛み止めを飲んで大学に向かうことにした。そしてこの日から、私の東京との接し方が180度変わった。
日本の偉大な映画監督である小津安二郎は、畳すれすれの低いカメラアングルから東京の人々の暮らしを見つめたことで有名だが、私の目線はそれよりもさらに低く、まさに地面からのものになった。つま先の目線で見つめると、これまで見えていたのとはまったく別の東京が見えてきた。
まず気になったのは地面だ。東京はお世辞にも、平らで滑らかとは言えない。歩道はデコボコで階段の高さは不規則だし、床は滑りやすい。そしてこうした危険がいちいち、私のつま先に牙をむく。小さな出っ張りの1つ1つに敏感になった。目の不自由な人のためにある黄色い誘導ブロックも今や脅威となり、横切るたびに足が悲鳴を上げた。
アメリカの都市は車中心のつくりになっているが、東京はほぼ完全に足で歩くことを中心に設計されている。東京では無数の足が通りを闊歩し、そのすべてが突如として私を脅かす存在に変わった。何千もの足のうちどれが私の敏感なつま先に襲いかかってくるか、分かったものではない。私は一番痛みの強い右足の薬指をかばって、人混みからじりじり遠ざかりながら歩いた。
ハイヒールを履いた女性も、もはやセクシーには思えない。ヒールが小さな竹刀のように見えてくる。私はずっと下を向き、周囲の人の靴の硬さや、彼らの足と自分の足との距離を確認してばかりいた。
怖くてありがたい満員電車
ある日、そんな私に試練が訪れた。いつも乗るJRの中央線が遅れていたのだ。それは、その後に到着する何本かの電車がいつもの3倍混雑することを意味する。つま先に爆弾を抱える私にとって、危険も3倍に増えるということだ。
私は我慢して、次の電車を見送った。だがその後の2本も混雑していたため、思い切って勝負に出ることにして電車に乗り込んだ。扉が閉まった瞬間に気付いたのは、痛む方の足をフラミンゴのように折りたたんで立っていても、満員電車なら周りにいる人たちが私の体をしっかりと支えていてくれるということだ。このときばかりは、混雑がありがたかった。
その週は、かわいい女の子が通りかかったときだけは露骨に足を引きずらないようにしたものの、その他のときは酔っ払いのように手すりにしがみついて歩いた。曲がり角では十分なスペースを取って辺りを見回し、右足が往来に巻き込まれないように気を配り、目は常にエスカレーターやエレベーターを探していた。
右足を軸に体を回転させるなんてとても無理だったから、正面から来る人を器用によけるなんていう芸当はできず、何度も足を止めなければならなかった。
これまでは周囲の人の流れに合わせて動く、という東京ならではのスキルを習得していた私は、つま先をけがしたことで突然、東京の「流れの一部」から「ふさわしくない障害物」に変わった。人混みの中をフランケンシュタインのようにヨロヨロ歩きながら、東京が人間の足の26本の骨にどれだけ負担をかける街かということばかり考えていた。
スローペースも悪くない
今なら、なぜ東京にはコンビニよりも靴屋の方が多いのかがよく分かる。自分の足にぴったりの靴を見つけることは、東京を自分の意のままに歩き回ることができるということを意味する。逆にぴったりの靴がないと、ここでは自分の望むようには暮らせない。東京では「われ歩く、ゆえにわれあり」なのだ。
とはいえ、歩くペースを落としたことで、まったく新しい東京を発見したことは大きい。スローなペースで進む東京だ。これまで私が早足で通り抜けていた道を、お年寄りがのんびり歩いている。急ぐことなく、周囲を眺めながらぶらぶら歩いている人もいる。
これまでは、ラッシュ時以外の電車に乗る生活があることに気付かなかった。11時32分発の急行電車に乗ると、空席もあった。それほど急いでいない東京人は大勢いる。これまで常に急いでいたために、東京のスローペースな一面が見えていなかったように思う。
足の痛みはひいてきたが、また速いペースの東京に戻るべきか迷っている。スローペースの東京もなかなか良いものだ。まだ時々、地面の小さな出っ張りに足が悲鳴を上げることもあるが、東京を普段と違う目線から見られるし、この街をもっと深く感じることができる。
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