コラム
東京に住む外国人によるリレーコラムTOKYO EYE
今を生きる中国人、死後を心配する日本人
今週のコラムニスト:李小牧
私事で恐縮だが、湖南省長沙市に住む私の兄が今月18日早朝、永眠した。まだ63歳だった。持病があったわけでもなく、酒もたばこもほとんどやらない兄だが、朝トイレに立ったとき、突然脳出血で倒れたらしい。
私とこの兄は実は異父兄弟である。母親は二度結婚していて、最初の夫が国民党員だったため文化大革命の時代には随分苦労したのだが、その最初の夫との子供がこの兄、李行健(リー・シンチエン)だった。
苦労を共にした兄が死んだのだから本当は飛んで帰りたい。だがわが新宿・歌舞伎町の「湖南菜館」はあいにく新年会の予約が一杯で、とても店を放ったらかして帰る余裕はない。この記事がアップされる25日にようやく帰国の飛行機に飛び乗るが、残念ながらすでに現地の葬儀は終わっている。
死者を悼む気持ちは中国人も日本人も変わりない。だが葬儀となると、同じ東アジアの国なのに随分違う。日中両国で何度も葬儀に出た私が言うのだから間違いない。
■中国の葬儀に「ぼったくり」なし
まず、中国には日本の「斎場」的な施設がほとんどない。農村はもちろん、集合住宅が当たり前の都市部でも、人々は基本的に自宅前に自前で斎場をつくって弔問客をもてなす。中国人は葬儀の場所が家から遠く離れることを好まない。
集合住宅の前にはたいてい駐車場や憩いの場のような一定の広さのスペースがあり、そこにテントのような仮設の屋根を設ける。遺体が入る棺桶は木製のほかに鉄製もある。遺体を前に遺族や友人たちが思い出を語り合うのは日本の通夜と同じだが、仏教はそれほど普及していないから僧侶の読経はない。
聞けば、最近の日本のお年寄りの中には、自分の葬式がちゃんと行われるかどうか心配で、自分で葬式代を貯金したり、生前に業者に支払う人が結構いるらしい。こういう発想は中国人にはない。
中国では、葬儀代は普通「単位(ダンウェイ、職場のこと)」が負担してくれる。もし何らかの理由で職場が負担できないとしても、遺族や友人が必ず金を出し合って式を行う。基本的に会社がやってくれるから、日本のように悲しみにまぎれた「ぼったくり」に遭う心配もない。
兄の場合もすでに退職して8年経つのに、勤務先の工場が何万元も払って葬式をしてくれた。「お金は生きているうちに使わなきゃダメ」が中国人の基本的な考え方。兄の家も3世帯同居の家庭だったから、もしもの時の不安感などなかったはずだ。家族が助け合うのは葬儀だけでなく病気のときも同じである。
そういう意味では、中国人のほうがまだ日本人より家族や友人の情はずっと濃い。死後の葬式の心配をしなければならない日本のお年寄りは、たとえお金があっても中国人より幸せと言えるだろうか。
■歌舞伎町案内人はあと14年の命?
墓の考え方も中国人と日本人は違う。墓石を建てるのは同じだが、基本的に1人1つ。日本人のように「家の墓に入る」という考えはない。私の父は珍しく仏教徒で金持ちだったのでかなり大きな墓をつくったのだが、その後死去した母とは「別居」している。私もその中に入るつもりはない。
ちなみに中国には以前は土葬の習慣があったが、最近は少数民族を除いて火葬が義務づけられている。新中国成立後、中国で唯一おおっぴらに火葬を逃れたのはわが故郷の大先輩、毛沢東だけである(遺体は今でも北京の天安門広場にある毛主席紀念堂に安置されている)。
兄の訃報に接したあとは、中国語の「節哀(ジエアイ、悲しみを抑えるという意味)」の気持ちで、ときに楽しく酒を飲み、カラオケを歌って過ごして来た。あまり正直に悲しみすぎると、倒れてしまいそうになるからだ。
実はわが父も今から17年前に63歳で死去している。死因は兄と同じ脳出血。58歳で逝去した母の死因も同じだった。ということは、現在49歳の李小牧の残りの人生は長くてあと14年(笑)。
というのはもちろん冗談だが、6度結婚して3人の子供をつくり、バレエダンサーから新聞記者、そして歌舞伎町案内人とありとあらゆる仕事を経験してきた悔いのない人生をもっと悔いのないものにしていきたいと、兄の死をきっかけに改めて思うようになった。
私は自分の葬式の心配はしていないが、死んだら骨は中国でなく日本に埋めるつもりにしている。日本は私が青春を過ごし、大きく成長した国である。歌舞伎町案内人は女性に二股をかけるのは得意だが(笑)、そういうところは律儀なのだ。
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