コラム
東京に住む外国人によるリレーコラムTOKYO EYE
光と影──東京の明かりが織り成す2つの世界
今週のコラムニスト:マイケル・プロンコ
外国を旅するときはいつもそうだが、夜になると目を細めて見なければいけない。視力が悪くなったわけではない。絶えず明るい光を放つ東京と比べ、世界の他の都市はどこも薄暗いからだ。もちろん、パリの夜を包む独特の色彩は魅力だし、ラスベガスのきらびやかなネオンは圧巻だ。だが東京ほどの激しさで、系統的に光で覆われた街はない。
東京の明かりは、ありとあらゆる場所で過剰だ。電車の中は大学の教室より明るく、読書には最適だが、心はちっとも休まらない。駅の近くは大抵、夜になっても白昼のように明るい(梅雨の時期には昼間よりも明るくなる)。スーパーはまるで病院の手術室のようだ。家庭の天井に吊るされた蛍光灯は、6畳の部屋ではなく、60畳の大広間を照らすかのように煌煌と輝き、コンビニに入るとまぶしさで無意識にサングラスに手が伸びる。
これらの光には膨大なコストがかかっているのだろうが、人々にとっては迷惑でしかないかもしれない。何しろ、巨大なカメラのフラッシュが繰り返し点滅しているようなものなのだから。電車の乗客の顔はみな「舞妓」のように白く、全体がポップアートの絵と化した街は平板に見える。人間も、建物も、あらゆる物の輪郭がくっきりと浮かび上るが、全方向を均一に照らす光は深みや丸みを排除してしまう。カメラの設定を間違えたときのように、街全体が露出過剰になったように見えることもある。
もちろん、街の明るさが東京の犯罪の低さに一役買っていることは確かだろう。それでも、この過剰な明るさは、何かに駆られているように思えてならない。まるで過去の暗かった時代を取り戻すかのようだ。東京の照明がいつの時代も明るかったとは思えない。発展途上の象徴でもある暗さと一線を画すことで、他のアジア諸国からの明確な脱皮を示しているのかもしれない。
■蛍光灯の光は「イケイケ感」をあおる
不思議なもので、あまりに明る過ぎると、本当に見たいものがよく見えないことがある。東京の明るさは、さまざまなものを浮かび上がらせると同時に、覆い隠してもいる。
東京にあふれる蛍光灯の光は冷たく、攻撃的だ。とりわけ蛍光灯の照明が目立つのが、銀行や郵便局、パチンコ店といった場所。お金を下ろしたり、銀の玉を集めたりといった特定の目的に導くためなのだろう。蛍光灯は「イケイケ感」をあおり、エネルギーを途切れさせることなく「頑張れ」と私を追い立てる。
煌煌と照明が光る場所は安全ではあるもののどこか冷たく、チェーンレストランなどの過剰な明かりは、安っぽく、洗練さに欠けている気がする。
しかし東京の光には、もう1つの世界がある。半ば絶滅しかかっているこちらの世界を包むのは、どんよりした灰色や陰影だ。照明を落としたレストランや薄暗い脇道には、ゆったりとした時間が流れている。歯医者の椅子のように明るく照らされてはいないが、その曖昧な質感が趣きを醸し出す。色調は自然で温かみがあり、内側から輝いているようだ。東京には「2つの光」があり、それぞれが異なる世界を映し出している。
■心が安らぐ薄暗い「影」の世界
私は「影の東京」のほうがずっと好きだ。薄暗さのなかでは心が安らぎ、行灯(あんどん)の明かりだけを頼りに畳の上でくつろいでいる気分になる。「影の東京」はまさに小津安二郎の映画の世界。抑えた演技がゆるやかに続くなか、絶妙な間で真実が浮き彫りになる。駅やコンビニのまばゆいばかりの明るさが人々をばらばらにする一方、影の部分は人々を結びつけ、さらに重要なことに、人々を正気にさせる。
谷崎潤一郎は『陰翳礼讃』のなかで、日本の家屋は、日本人独特の複雑な美意識に沿うように陰影を意識して設計されていると書いている。見えない隅や影がある家で育つことが性格を変えるとしたら、すべてを均一に照らす蛍光灯の明かりは、東京人の将来にどんな影響を及ぼすのだろう。みんな個性がなく、見た目も感情も平板になってしまうのだろうか。
そうはならないだろう。東京は1つの傾向が他を圧倒するには、あまりに多様だ。光り輝くネオンやスポットライトの横には、いつだって薄暗い路地があり、赤い提灯がほのかに照らしている。東京のまぶしさに疲れたとき、私はいつもほの暗い空間に逃げ込み、「東京の偉大なる闇」を楽しむ。その一方で、電車の明るさにも感謝している。何といっても家に帰るときの快適な読書空間を提供してくれるのだから。
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