コラム

「YOKOSO!ニッポン」の嘘

2009年06月23日(火)11時31分

今週のコラムニスト:レジス・アルノー

 今度の総選挙に向けたマニフェスト(政権公約)で自民党も民主党も全く触れない問題がある。移民問題だ。

 日本で移民ほど大きなタブーはない。メディアが真面目に取り上げることもないし、政治家も巧みにこの話題を避ける。具体的なアイデアがあるのは、民主党衆議院議員の古川元久(彼は移民1000万人受け入れ構想を提案している)などごく一握りの人たちしかいない。

 移民など来てほしくないというのが日本政府の本音だろう。入国管理当局は入国拒否管理局や純血管理局、鎖国管理局、あるいは門番とでも名称変更するべきだ。入国管理局は移民を歓迎しないどころか、門前払いにするために存在するのだから。

 政府は外国人を歓迎していないことをあからさまに態度に示している。日本では現在、外国人のささいなミスに途方もない罰金を課すきわめて差別的な法律がこっそりと採択されようとしているし(たとえば住所変更後14日以内に届け出をしなければ最大20万円の罰金!)、来日した外国人が目にする「YOKOSO!」という看板の意味を理解できるのは日本人だけだ。

■健全な移民政策が日本を救う

 経済的に日本に貢献できる移民だけは日本も受け入れるが、それも日本経済が好況のとき限定でしかない。日系ブラジル人のような日本人の血を引く外国人は好まれる。その遺伝子ゆえ、彼らが他の外国人よりも日本人に近い存在だと考える----まるで19世紀の差別的考えだ。

 だが、日本政府はようやくこうした「日系人」が本当の日本人になることはないと気付いたらしい。極めて当たり前の話だ。50〜60年に及ぶブラジルでの生活で、彼らはブラジル人になっている。つまり人間を「○○国人」にならしめるのは人種ではなく環境。裏を返せば健全な移民政策があれば、日本の人口構成を移民によって変えることもできる。

 ヨーロッパやアメリカのやり方を日本に押しつけるつもりはない。日本には日本人のアイデンティティーと確かな価値体系がある。でも、たとえばフランスやアメリカのように、国際養子縁組を推進して中国やフィリピンの孤児を受け入れれば、日本は世界での地位を高めると同時に、日本の教育を受けた新しい市民を生み出すことができる。

 きちんとした難民政策を立てて難民を受け入れることもできるはずだ。今の日本政府はわずかばかりの難民は受け入れるが、アジアの悲劇には背を向けている(日本政府は26年間内戦が続いたにもかかわらずスリランカに何の問題も存在しないという立場で、スリランカ人への難民ビザ発給を拒否している)。

 救いは日本では政治よりも社会のほうが進歩のスピードが速いこと。東京のような大都市では国際結婚がますます増え、レストランやコンビニの店員には中国人学生が増えている。彼らの敬語は完璧ではないかもしれないが、日本人のアイデンティティーを変えることに貢献している。彼らは政府を飛び越えて先に進んでいるのだ。

 とはいえ日本政府に言わせれば、これも「バカなガイジン」のたわ言なのかもしれないが。

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

FRB金利据え置き、将来の利下げペース鈍化示唆 年

ビジネス

日鉄によるUSスチールの買収完了、米政府が黄金株保

ワールド

イラン、トランプ氏の降伏要求に反発 中東紛争の出口

ワールド

日産2車種「追加調査の必要性なし」 米NHTSA、
MAGAZINE
特集:コメ高騰の真犯人
特集:コメ高騰の真犯人
2025年6月24日号(6/17発売)

なぜ米価は突然上がり、これからどうなるのか? コメ高騰の原因と「犯人」を探る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越しに見た「守り神」の正体
  • 2
    イタリアにある欧州最大の活火山が10年ぶりの大噴火...世界遺産の火山がもたらした被害は?
  • 3
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロットが指摘する、墜落したインド航空機の問題点
  • 4
    【クイズ】「熱中症」は英語で何という?
  • 5
    ホルムズ海峡の封鎖は「自殺行為」?...イラン・イス…
  • 6
    ロシア人にとっての「最大の敵国」、意外な1位は? …
  • 7
    下品すぎる...法廷に現れた「胸元に視線集中」の過激…
  • 8
    電光石火でイラン上空の制空権を奪取! 装備と戦略…
  • 9
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 10
    「音大卒では食べていけない」?......ただし、趣味…
  • 1
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロットが指摘する、墜落したインド航空機の問題点
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越しに見た「守り神」の正体
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未…
  • 6
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?.…
  • 7
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 8
    イタリアにある欧州最大の活火山が10年ぶりの大噴火.…
  • 9
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 10
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 3
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 4
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 5
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 6
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 7
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 8
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 9
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
  • 10
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story