コラム

もっとロックなジャパンにしようぜベイビー!

2009年06月03日(水)14時43分

今週のコラムニスト:コン・ヨンソク

 日本のロックの代名詞、忌野清志郎が死んだ。清志郎は東京国立、僕の地元の有名人でもある。彼の曲のタイトルにもある「多摩蘭坂」を、僕はよく自転車で下っている。

 多くの人に愛された清志郎だからこそ、その追悼セレモニーも盛大だった。しかし、「トランジスタ・ラジオ」と「雨上がりの夜に」ばかり繰り返される報道の洪水で、もういい加減やめてくれと言いたくなった。清志郎の人生はロックそのものだったが、彼を偲ぶあり方は、全然ロックじゃないように思えた。なんだか、昔の思い出話しかできない古びた同窓会に思えてしまったのだ。

 清志郎は稀有な存在だし、彼を愛する人たちが基本的に僕は好きだ。しかし、このオールド・ロッカーがいまだに人々の心を捉えているということは、彼の後に続く存在の不在と、日本人の過去へのノスタルジーの強さを物語っているのではないか。

 こんなことを思うのは僕が、前大統領が突然自殺する、ロックを超えて「とんでもない」国の出身だからかもしれない。だがロックスターを追悼する日本社会は、全然「ロック」じゃない。あまりに変わらないことに安心感を覚え、想定内で予定調和な出来事を大切にしすぎているのではないか。

 たとえば5月の民主党代表選挙もそうだ。小沢一郎前代表も古い人物だが、それに代わる候補も鳩山由紀夫と岡田克也というお馴染の顔ぶれだ。そして結果も予想どおりだった。けっして、蓮舫が当選するといった「オルタナティブ・ロック」な状況は生まれない。

 鳩山総理が誕生すればこれは世界の珍事だ。50年代の日本の首相の孫たちが、21世紀に交代で総理になっている。もちろん、「小日本主義」を唱えたリベラリスト石橋湛山(1956年に首相就任)は歴史のままだ。これで隣の国の「世襲」を心底笑えるだろうか。

■新スターが続々登場した80年代

 政界よりひどいのが芸能界だ。視聴者は本当にタモリ、さんま、たけし、みのもんた、島田紳助、ダウンタウン、とんねるずがそれほど好きなのだろうか。彼らの才能も業績も、すべて認める。僕も大好きだった。しかし、彼らは僕が子供の頃からの面々だ。もういい加減、飽きてこないのだろうか。

 彼らの右に出るものがいないと言うのかもしれない。しかし、その原因は彼らが30年近くにわたって芸能界に君臨しているからではないか。「稼ぐだけ稼いだのだから、もういい加減に一線を退き若い世代にチャンスを与えろ!」と視聴者が反乱を起こすしかない。

 政界、芸能界、学界、スポーツ界、みな保守的で古い権威にすがっている。新しい人材が育つ道は依然として狭く、世襲などによる構造的不公平は固定化しつつある。それが日本社会の活力を阻害してしまっているのではないか。主役の変わらない非ロックな社会に新しい生命力は宿らない。

 考えてみてくれ。80年代がなぜ元気で、活気に満ちて、楽しかったのか。そこには、新しい人たちが主役の座を射止めるダイナミクスがあったからだ。新しいスターが次々と誕生する、風通しのいい時代だったのだ。今の時代の停滞は、まさにこの黄金時代の主役たちが、いまだに主役の座に居座り続けているからではないのか?

 中国文学者で評論家の竹内好は、日本は「革命的断絶」を経験していないから、「新しい人間」が生まれてこないと論じた。消費では常に「新しさ」を求める日本社会。モノやアイデアは常に新しいものが誕生して経済大国になったのに、なぜ「新しい人間」は誕生しないのか。理解不能な「面白い」ことは、原辰徳巨人監督が時おりみせる、誰も予想のつかない(多くは理解不能な)采配のときぐらいだ(笑)。

 日本人は今までどおり変わらないままで幸せなのかもしれない。だが僕は、ロックな映画監督三池崇史の『荒ぶる魂たち』の中の加藤雅也の次の言葉が好きだ。「人生、たたが流れ星。きらーっと光って散ったらええやないですか!」

 新しく違う扉を開くことで、短期的にはバカをみるかもしれない。しかし扉を開けることをやめてしまえば、いつしか「永遠の過去」の中に閉じこもってしまうかもしれない。黒人のアメリカ大統領が誕生する時代に、日本でも世界があっと驚くような人がリーダーになっても面白いではないか。清志郎の叫び声が僕には聞こえる。

「倦怠期のニッポンよ、もっとロックなジャパンになろうぜ、ベイベー!」

プロフィール

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・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

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