コラム

違反きっぷに異議あり!の時のお助けアプリ

2014年07月31日(木)13時29分

 お上にもの申す。そんなこともアプリがやってくれるのか、という例があるのに驚いた。

 そのアプリを出しているのは、サンフランシスコの「フィックスト(Fixed)」。駐車違反でチケットをもらったことに対して、異議申し立てをしたいという時に使えるものだ。自分で交通局に出向くこともなく、手紙を書くこともなく、スマートフォンのアプリをサクサクと操作するだけで、当局に文句が言えるというしくみだ。

 サンフランシスコの駐車違反は、場所と状況によってざっと60ドルから110ドルほどの罰金がかかる。しかし、駐車メーターの時間を大きく超えてしまったとか、駐車禁止の場所に停めてしまったといった明らかな場合を除いて、駐車違反は何かと腹立たしいことも多い。

 たとえば、道路掃除などによる駐車禁止時間を記した標識がややこしくてわからないとか、スポーツの試合がある日には周辺の駐車禁止時間が変わるとか、駐車メーターが壊れているとか、並木が茂り過ぎて標識が見えなかったなどといったケース。悪いのは自分ばかりでなく、きちんと整備をしていない当局にも責任があるだろうとひとこと言ってやりたくなるような場合だ。

 あるいは、サンフランシスコ市の財務状況が悪く、いやに取り締まりが厳しくなったこともあった。私など、ある夜人気のレストランの前でバレーパーキングをしてもらおうと、前の車について車内で待機していたら、15秒も経たないうちに駐車違反のチケットを手渡された。

 町が車で溢れていて周辺に空いている駐車スペースがなく、レストランのヴァレーパーキングの係員も人手不足で時間がかかっているのに、なぜ私が罰金を払うはめになるのか。そんなことはレストランに注意して欲しい、と言いたくなるのだが、私が路上に待機しているのが悪いということになるらしい。これについては異議申し立てをしたが、受け入れられなかった。

 けれども、何かと緩いことも多いこの町では、申し立てが聞き入れられることもある。上述した中では、枝を広げ過ぎた並木が標識を隠してしまっているような場合には、当局も非を認める。それに日本から見たら信じられないのは、駐車違反取り締まり係員のウッカリというケースもよくある。係員が曜日を間違えていたといったようなことだ。

 従って、人々は違反チケットをもらったからと言って、日本人のようにすぐ従ったりしない。どうにか言い分を見つけて、支払わずに済む方法はないものかと頭をひねるのだ。かくして、フィックストのようなアプリの登場となる。

 フィックストを利用するのは無料だ。まず、スマートフォンで違反チケットの写真を撮影。その後、どういった理由で異議申し立てをするのかを、選択肢から選んで送信。追加で証拠写真を送れと指示が表示されることもある。その後、フィックストでは法律の専門家(たいていは法学部の学生らしい)が内容をチェックして、交通局へ送付、という手順だ。

 もし、異議申し立てが認められれば、罰金として払うはずだった金額の25%をフィックストへ料金として支払う。認められなければ、あくまでも無料。駐車違反への不満を持つ人々は多いらしく、今年初め最初にローンチしたサンフランシスコ市での登録者は3万5000人以上いるという。申し立てをしたケースの20〜30%は、認められて罰金を逃れているらしい。

 当局への異議申し立てはめんどうだし、やってものらりくらりと緩慢に対応される。そんなことが嫌なのでアプリを使うわけだが、それにしてもこういうところにまでアプリが介入してくるとは、感慨深い。ゲームを楽しんだり、メモを取ったりするのではなく、ある種法的な手順がスマートフォンの操作に取って代わられているからだ。

 たかが駐車違反とは言え、これまでは異議申し立てをするにはそれなりの覚悟が必要だった。しかし、こんなアプリならば、どこかに「チェックイン」するような気軽さ。そのうち、近所への苦情などもアプリで済ませられるようになるのかもしれない。

 フィックストには、先頃創業資金もついた。市民をエンパワーするという謳い文句だが、この手の「リーガル・アプリ」が広まれば、ますます人間的手続きが減っていくのも確かだろう。

プロフィール

瀧口範子

フリーランスの編集者・ジャーナリスト。シリコンバレー在住。テクノロジー、ビジネス、政治、文化、社会一般に関する記事を新聞、雑誌に幅広く寄稿する。著書に『なぜシリコンバレーではゴミを分別しないのか? 世界一IQが高い町の「壁なし」思考習慣』、『行動主義: レム・コールハース ドキュメント』『にほんの建築家: 伊東豊雄観察記』、訳書に『ソフトウェアの達人たち: 認知科学からのアプローチ(テリー・ウィノグラード編著)』などがある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

独メルセデス、安価モデルの米市場撤退検討との報道を

ワールド

タイ、米関税で最大80億ドルの損失も=政府高官

ビジネス

午前の東京株式市場は小幅続伸、トランプ関税警戒し不

ワールド

ウィスコンシン州判事選、リベラル派が勝利 トランプ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    イラン領空近くで飛行を繰り返す米爆撃機...迫り来る…
  • 10
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 6
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story