コラム

シリコンバレーの意外な差別カルチャー

2014年04月12日(土)15時14分

 外からはイノベーションと富を生み出す稀な土地と見られがちなシリコンバレーだが、実はいろいろな意味で二極化してきている。

 ひとつは、よく知られた「持てる者」と「持たざる者」のギャップ。とくにサンフランシスコ市内では、テクノロジー会社の高給取りが大挙して引っ越してきたために、家賃が急上昇して店員や教師、警察官などごく普通の職業の人々が住みにくくなっている。シリコンバレーでも住宅の価格は上がっており、初めてのマイホームを買おうとしても、中間値の住宅が実際に買える人は希望者の半分程度だという。残りは、すでに持っている家を売って買う場合が多い。シリコンバレーでゼロから始めようとするのは難しくなっているのだ。

 シリコンバレーのエンジニアの給料は平均10万ドルと言われる。アメリカの世帯あたり所得の中間値は5万3000ドルなので、かなり高い。だが、これも機会によって一様ではない。フェイスブックに乞われて転職するエンジニアなら転職ボーナスだけで6ケタ、つまり10万ドル単位の報酬がもらえるという。反対に、若いスタートアップ企業ならば、給料は低くても有望な未公開株が与えられる。

 古い企業がイノベーションを促進するためにシリコンバレーに支社を設けたりする場合は、優秀なエンジニア獲得にはかなり苦労する模様で、給料を積み上げることになる。先だって耳にしたのは、あるスーパーチェーン大手が転職ボーナスも合わせて25万ドル以上を提示したという話。相手は、さして有能でもないエンジニアという。

 世代ギャップもかなり目立っている。

 シリコンバレーのかつてのスタートアップだったシスコ、オラクル、インテルなどの大手企業と比べて、最近の消費者向けインターネット・サービス関連のスタートアップは、社員がかなり若い。平均年齢は、前者が30代後半で後者が20代後半と、ほぼ10年の開きがあるようだが、実際に訪れてみると印象はもっと若い。大学生たちが集まって仕事をしているような雰囲気だ。

 したがって若いスタートアップでは、50代のエンジニアなどはとても孤立感を感じて一緒に働けるような気分にならないという。そもそも、「エンジニアも40 歳を超えると、新しい発想ができなくなる」とか、「わが社が求めるのは、過去の業績ではなくて、これから達成すること」といったような考え方が浸透しているので、ここで歳をとるのはなかなかつらいことだ。そうした考え方には確かに一理あるだろう。だが、これによって多様性は確実に排除されていく。

 何でもサンフランシスコの整形外科クリニックは、若い男性エンジニアたちがボトックス注入手術にやってくる金曜日はたいそう忙しいというのが話題になった。エンジニアたちは30代だったりするそうだ。金曜日に施術を受け、週末休んで、月曜日にはピンと張りつめた若々しい顔で出社する。

 表にはなかなか見えないが、男女間の確執もけっこう陰湿なようだ。最近、ソフト開発会社のギットハブで、女性エンジニアが男性エンジニアからの誘いを断ったところ、自分が書いたコードが消されて「仕事をしない人間」という烙印を押されるなどの嫌がらせに会い、会社を辞めるという事件があった。男性中心のエンジニア・カルチャーは、女性が対等に扱われない環境だったという。彼女が辞めることをツイートすると、他の男性社員からのものだろう、「ギットハブの自称女王様が、やっと辞めるってよ。民は歓喜している」といったツイートが返ってきた。

 先進的な土地と言われるが、そもそもシリコンバレー企業のエンジニアリング部門で働く女性の比率は低く、グーグルですら5分の1。スタートアップの場合はもっと低く、10数%らしい。また、大学以上の学歴を持つ男性は、同等の学歴の女性よりも40〜73%多く稼いでいるという数字もある。

 人種間のギャップもある。シリコンバレーにはアフリカ系アメリカ人が少ない。その代わり中国系、インド系の住民は多く、稼ぎもいいらしい。対して、アフリカ系アメリカ人、ヒスパニック系住民は取り残されている。

 テクノロジーとビジネスのイノベーションを起こす地、新しい富を生み出す地として知られるシリコンバレーで、こうした古い社会問題が蒸し返されているのは意外なことだ。進取の気質は、つまり社会のイノベーションにまではまだ届いていないということだ。

プロフィール

瀧口範子

フリーランスの編集者・ジャーナリスト。シリコンバレー在住。テクノロジー、ビジネス、政治、文化、社会一般に関する記事を新聞、雑誌に幅広く寄稿する。著書に『なぜシリコンバレーではゴミを分別しないのか? 世界一IQが高い町の「壁なし」思考習慣』、『行動主義: レム・コールハース ドキュメント』『にほんの建築家: 伊東豊雄観察記』、訳書に『ソフトウェアの達人たち: 認知科学からのアプローチ(テリー・ウィノグラード編著)』などがある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

韓国の政治混乱、北朝鮮が利用するリスク=米大統領補

ワールド

ウクライナ、トランプ次期米政権との早期接触を期待=

ビジネス

米12月雇用25.6万人増、予想上回る 失業率は4

ワールド

イスラエル、イエメンのフーシ派拠点を空爆 報復措置
MAGAZINE
特集:中国の宇宙軍拡
特集:中国の宇宙軍拡
2025年1月14日号(1/ 7発売)

軍事・民間で宇宙覇権を狙う習近平政権。その静かな第一歩が南米チリから始まった

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ロシア兵を「射殺」...相次ぐ北朝鮮兵の誤射 退却も阻まれ「弾除け」たちの不満が爆発か
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」
  • 3
    トランプさん、グリーンランドは地図ほど大きくないんです
  • 4
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 5
    古代エジプト人の愛した「媚薬」の正体
  • 6
    装甲車がロシア兵を轢く決定的瞬間...戦場での衝撃映…
  • 7
    悲報:宇宙飛行士は老化が早い
  • 8
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    プーチンはシリア政権崩壊前からアサドの電話に出な…
  • 1
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分からなくなったペットの姿にネット爆笑【2024年の衝撃記事 5選】
  • 2
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵の遺族を待つ運命とは? 手当を受け取るには「秘密保持」が絶対
  • 3
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」
  • 4
    中国でインフルエンザ様の未知のウイルス「HMPV」流…
  • 5
    ロシア兵を「射殺」...相次ぐ北朝鮮兵の誤射 退却も…
  • 6
    装甲車がロシア兵を轢く決定的瞬間...戦場での衝撃映…
  • 7
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 8
    仮想通貨が「人類の繁栄と自由のカギ」だというペテ…
  • 9
    トランプさん、グリーンランドは地図ほど大きくない…
  • 10
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 1
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 2
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊」の基地で発生した大爆発を捉えた映像にSNSでは憶測も
  • 3
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が明らかにした現実
  • 4
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 5
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 6
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 7
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 8
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    コーヒーを飲むと腸内細菌が育つ...なにを飲み食いす…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story