コラム

TV局の独占を脅かすネット会社のオリジナル制作番組

2013年11月14日(木)13時09分

「ネットとTVの融合」などとややこしいことを言う前に、アメリカでは思わぬところからネットのテレビ化が進んでいる。その舵をとっているのは、またあのアマゾンとネットフリックスだ。

 アマゾンは言わずと知れたネットショップだが、今やアメリカでは物品を販売するネットショップであると同時に、デジタル・コンテンツの配信会社としての存在感が大きくなっている。電子書籍はもちろんのこと、映画や音楽をクラウドから配信するという同社のサービスが拡大しているのだ。

 もうひとつのネットフリックスは、レンタル・ビデオ会社として創業。最初はユーザーがネットで申し込んだDVDを郵送で届け、それを同封の返信封筒で返送するというしくみを考案した会社で、順番待ちをしたり借りたいビデオをリストアップしておいたりできるその便利さが受けた。同社がユーザーをしっかりと掴んだ上で数年前に始めたのが、ストリーミング・サービス。これもアマゾンと同じく、見たい時にクラウドからビデオをワンクリックで見られるというものだ。

 いわば配信会社であるこの2社が、最近はオリジナルのテレビ番組制作に乗り出しているのである。

 最初に番組制作に乗り出したのは、ネットフリックスだった。同社が制作し、ケヴィン・スペーシーが主演する『ハウス・オブ・カーズ』は、先頃監督部門でエミー賞を受賞するほどの話題作。政治スリラーという面白いジャンルである。

 他にも、超高速で動き回るカタツムリが主役の『ターボFAST』は、スピールバーグのドリームワークスが制作を担当する3Dスポーツ・コメディー。これ以外にも、アニメやドラマ番組があり、同社は今後もどんどんラインアップを増やしていく計画だ。

 上記の例からわかるように、これらの番組はレンタル・ビデオ会社がアマチュア的に作ったものではなく、プロのレベルで制作したもの。そんな番組を自社でつくって自社で配信してしまうのだ。

 一方のアマゾンは、今秋から2つのテレビ番組シリーズを公開する。アマゾン・スタジオという子会社を作り、そこで制作を手がける。『アルファ・ハウス』は、ワシントンで一軒家をシェアする4人の上院議員のストーリー、『ベータ』はシリコンバレーのスタートアップを取り上げた物語らしい。

 ネットフリックス、アマゾン、いずれのサービスもただで見られるわけではない。ネットフリックスの場合は契約ユーザーになる必要があるが、契約料は月7.99ドル。これで他のストリーミング映画も見放題。アマゾンの場合は、シリーズの最初の3回は無料で公開するが、その後は同社のプライム会員となって年額79ドルを支払う必要がある。ただし、この79ドルで、物品の配送を超速でやってもらえ、他のストリーミング映画の見放題も一緒についてくる。つまり、決して高くない値段なのだ。

 アメリカでも、テレビ番組をネットで流すためのいくつかのサービスがすでにあるが、これほどのお得感はないだろう。ネットフリックスでもアマゾンでも、オリジナル番組が他のテレビ番組や映画と並んで見られるようになっていて、よりどりみどりの豊富なラインアップは、とてもテレビ局が一局で対抗できるものではなく、テレビ局が始めているネット上の番組配信サービスも追いつかない。

 こうした動きは、すでに人々のテレビを見る習慣が変わってきていることを物語っている。

 たとえば、今やテレビをつけて、コマーシャル入りの番組を放映時間に合わせてリニアに見ている人は、高齢者や家にずっと居る人を除いてあまりいないはずだ。DVR(デジタル・ビデオ・レコーディング)のセットトップボックスが出てきた時に、好きな番組は録画し、後でコマーシャルを飛ばしてみるという習慣ができた。

 その後は、録画する手間すら不要なストリーミングのサービスに移行。ストリーミングになると、どの局で放映されている番組なのかという違いはもはや不問で、ユーザーにとっての関心ごとは番組そのものだ。

 そもそも、何局もの放送を束ねて提供するケーブルテレビ契約も、割高感から敬遠されるようになっている。

 ネットフリックスによるオリジナル番組での成功は、人々の番組視聴の習慣をさらにネット化させるはずだ。すでに現在でも、夕方のピーク時のネットフリックス利用は、インターネット・トラフィックの3分の1を占めている。ユーチューブを合わせると半分にもなるそうで、人々はテレビではなくてインターネットで映画やビデオや番組を見ているわけだ。ここにオリジナルの人気テレビ番組が加われば、さらに加速的にユーザーが増えるだろう。

 今はドラマやアニメなどの番組だけだが、今後ネットフリックスやアマゾンがちょっとしたニュース番組などを配信し始める可能性もゼロではないだろう。テレビ番組のようなコンテンツ制作と放映はもはやテレビ局の独断場ではなく、ネット配信とユーザーを握るこの両社のような企業が本気を出せば乗り出せる領域。アメリカでは、すでにそれが肌で感じられるようになっている。

プロフィール

瀧口範子

フリーランスの編集者・ジャーナリスト。シリコンバレー在住。テクノロジー、ビジネス、政治、文化、社会一般に関する記事を新聞、雑誌に幅広く寄稿する。著書に『なぜシリコンバレーではゴミを分別しないのか? 世界一IQが高い町の「壁なし」思考習慣』、『行動主義: レム・コールハース ドキュメント』『にほんの建築家: 伊東豊雄観察記』、訳書に『ソフトウェアの達人たち: 認知科学からのアプローチ(テリー・ウィノグラード編著)』などがある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

新型ミサイルのウクライナ攻撃、西側への警告とロシア

ワールド

独新財務相、財政規律改革は「緩やかで的絞ったものに

ワールド

米共和党の州知事、州投資機関に中国資産の早期売却命

ビジネス

米、ロシアのガスプロムバンクに新たな制裁 サハリン
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 4
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 5
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 6
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 7
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 8
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 9
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 10
    プーチンはもう2週間行方不明!? クレムリン公式「動…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 6
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 7
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 8
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 9
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 10
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story