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コラム
瀧口範子@シリコンバレーJournal
公開オンライン講座(MOOC)本格普及で 米トップ大学の講義もコモディティー化する
インターネット上でアメリカ有数の授業を受けられる機会が、本格的に増えてきた。しかも「無料」だ。この手の授業は「MOOC(massive open online course、ムーク)」と呼ばれる。大人数が参加できる公開オンライン講座のことで、有名どころだけでも5つはある。
10年ほど前、学内の授業をビデオや教材にしてサイトにアップし、最初に無料で公開したのはMIT(マサチューセッツ工科大学)の「オープン・コースウェア」だった。同大学は、最近ハーバード大学と手を組み、新たに「edX」をスタートさせている。こちらは他の大学も加わって、授業にクイズやテストなども盛り込んで、よりオンライン授業としての体裁を整えたものになるという。今秋から本格的にスタートする。
スタンフォード大学もかねてから授業の一部を公開してきたが、ここから新しいベンチャーが生まれている。「コーセラ(Coursera)」という名前のMOOCである。こちらは、同大学のコンピュータ・サイエンス学部の教授、准教授が共同で設立した営利企業。シリコンバレーの大手ベンチャー・キャピタル会社がすでにかなりの資金を投入している。現代的なテーマの授業がそろっていて、けっこう興味をそそられる。
「カーン・アカデミー」は、もう少し年少の小学生から高校生を対象としたもの。黒板と音声で作られた授業が中心だが、3000以上あるビデオのほとんどは、創設者のサル・カーンが自分で吹き込んだもの。ヘッジファンド・マネージャーだった彼はある日、インターネット経由で姪の勉強の手助けをしたことがきっかけとなって、カーン・アカデミーを設立することになった。彼の声からは、いかにも教えることを楽しんでいる様子が伺われる。
「ウダシティー(Udacity)」は、やはりスタンフォード大学教授のセバスチャン・トゥルンが共同創設した企業。こちらも、ベンチャー・キャピタルがバックについた注目株である。トゥルンはグーグルの自律運転自動車の開発者でもあり、そのギークぶりを反映してか、ウダシティーには『ロボティック自動車のプログラム』とか、『検索エンジンの作り方』など、それっぽい授業がたくさん並んでいる。優秀な学生には、就職の紹介も行うという。
どのMOOCを見ても、そこに並んでいるのは向学心が沸いてくるような魅力的な授業ばかりで、しかも経験ある教授陣が教えている。こんな授業をただで受けられるとは、何と素晴らしいことかと感謝したくなるのである。
さて、そんな数々のありがたい授業が無料で公開されているというこの事態は、教育にとって何を意味するのか。
もちろん、教育は恵まれた少数のためだけにあるのではなく、広く世界中の向学心ある人々に提供したいという大学側の意図ははっきりしている。日本と同様、アメリカのトップ大学も裕福な家庭の出身者が多くなっていると聞く。小さい頃から、教育熱心な環境に育ち、いろいろな機会に恵まれてこそいい大学へ進めるというわけだ。MOOCへトップ大学が動き出したのは、そうした恵まれた層の中だけで優れた高等教育が独占されてしまうことに危機感を抱いたことも理由だろう。
しかし、逆から見ると、そんなトップ大学の授業も今やコモディティーになりつつあるということだ。まるでビデオ画面を見ているような一方的な講義ならば、無料で受けられる時代が到来した。実際に大学へ通っているのならば、そこで教授に鋭い質問を投げかけ、同級生と面白いプロジェクトでも始めるようでなければ、高い授業料を払っている意味がなくなるのだ。
授業とは何かも、ここで考えなければならない。たとえばカーン・アカデミーの授業は、実際の学校が多く利用している。使い方はこうだ。生徒たちは家でビデオを見て予習を済ませ、学校の授業では、わからないところを質問したり、みんなで議論をしたりという一歩突っ込んだ展開となる。これは、先生や仲間と「やりとり」することによって、学習の質が深まるという教育理論に基づいたものだという。
もちろん、こうしたオンライン授業が、大学の次の「ビジネス・モデル」を探る実験であることも忘れてはならない。世界中に学生がいたらどうなるか。広く彼らに手軽で安い方法で、最高の教育を提供するというビジネスは成り立つのか。そんなことをアメリカの大学は模索しているのだ。
また、さまざまな授業サイトが出てきたということは、これから大学教授もフリー・エージェント化するという兆しと解釈することも可能だろう。長々とした教授会に出席する必要もなく、学内の官僚的組織にとらわれることもなく、教えることだけに集中できるわけだ。
ただ、もっとも心すべきは学生たちだ。世界中には、たとえコンピュータの画面からでも、搾り取るように勉強をする人々がたくさんいるのだ。これからは、就職も仕事も、インターネットを介せばどこからでも可能になる。大学の授業で居眠りばかりしていては、向学心に燃えた彼らに大負けしてしまうということなのである。
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