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コラム
瀧口範子@シリコンバレーJournal
アマゾンの出版破壊から取り残された日本
日本人は今も「自炊」をしていると聞くたびに、気の毒で仕方がない。台所での自炊ではない。プリント版の書籍を自分で1ページずつスキャンしてデジタルファイルにし、自家製「電子書籍」として利用することを業界関係者は自嘲気味に「自炊」と呼んでいる。テクノロジー先進国の日本で本当に起きているとは思えない、実に奇妙なできごとだ。
そしてそれを考えるたびに、アメリカでアマゾンがやっている文字通りの出版業界の破壊というか、破壊的イノベーションを思わずにはいられない。振り返ってみると、アマゾンは今やアメリカの出版産業をすっかり変えてしまっているからだ。
最初は、もちろんインターネットで書籍を販売することだった。書店を含め、これだけでもかなり大きなインパクトがあったが、電子書籍時代になって、間違いなくそれが加速化しているのだ。
たとえば、かなり安い価格で電子書籍を売り出したこと。また、自費出版したい作家たちに、表紙とテキスト・ファイルをアップロードするだけで、すぐに本ができるプラットフォームを与えたこと。そこで、70%もの印税を提供したこと。
そこから、さらに次の動きが起こった。それは、従来の出版社から本を出していた作家たちの中から、そのプラットフォームへ移る人々が出てきたことだ。そうすると、今度はアマゾン自体が出版社になるということが起こった。現在、アマゾンにはロマンス、フィクション、ミステリー、都市神話的作品、海外作品など、6つのインプリント(出版ブランド)がある。
さらにそこから、作家たちに自分のホームページを与えるというしくみもできた。アマゾンから出版していようといまいと、著者であればアマゾンでホームページを開いて、読者にアピールできる。これは、表向きにはホームページだが、実際は作家が自分の著作がどの地方でどれだけ売れたかを、リアルタイムでモニターできるしくみである。それまでは出版社が握っていたデータを、著者自身が見られるようになったのだ。作家だって自分の本の売れ行きは気になるだろう。このしくみは、大層ありがたがられているようだ。
最近の動きは、もっと意外だ。電子書籍の貸本もそのひとつである。アマゾンの電子書籍リーダーのキンドルや、タブレットのキンドルファイアを持っていて、さらに配送費優遇を受けるプライム会員になれば(会費年間79ドル)、10万冊の本から、毎月1冊を無料で借りられるのだ。いろいろ制限があるとは言え、これはもうちょっとした図書館である。
印刷もやる。アマゾンは全米の配送センターにあるプリント・オンデマンドという機械に電子ファイルを送信すれば、その場で印刷と造本までしてくれる。出版社に在庫がないような本などは、ここで印刷すれば待ち時間も短くなる。そもそもアマゾンには、注文された商品を注文者から最も近いセンターをはじき出してそこから配送するシステムを持っているのだが、書籍も同じように自分の家から一番近い配送センターで印刷されていたりするのである。
これまで書籍は、出版社が編集して、印刷所が印刷と造本をし、流通業者が配送するものだとされていたが、その区切りがすっかり崩れているわけだ。アマゾン流に考えると、印刷は流通に、そして編集も流通にくっついているのだ。
何度考えても面白いのは、アマゾンは出版業界の部外者だということである。だいたい18年前は存在もしなかった。それが、これだけのことをやってのけている。しかも、アマゾンは当初から「こういう戦略で既存の出版業界を書き換える」と計画していたわけではないと思う。その時々の戦略は、それに先立つ戦略とその結果の向こうに有機的に描き出されてきたのではないだろうか。
当たり前だが、テクノロジーの力も大きい。書籍の場合ならば、電子ファイルというテクノロジーを最も効率的に回していって、アマゾンはここに到着したのだ。そう考えると、まさに部外者だからこそできたことなのだろう。護るものはなく、技術をエンジンにして、効率性を徹底的に追求してきたわけだ。
アマゾンの動きに対しては、もちろん既存の出版業界からの警戒や抵抗もある。出版界の会議などでアマゾンの社員が壇上でスピーチすると、不気味な静けさがあたりにただよったりもする。だが、一般の消費者はアマゾンによって大きな恩恵を受けている。本は安くなり、電子書籍ではクリエイティブで楽しみな動きがたくさん起こっている。
そして、出版社も受動的に眺めているだけでなく、それぞれに次の動きに出始めた。消費者に直接販売する方法を考えたり、定期購読モデルで書籍を提供したりするアイデアなどが出てきている。破壊が一周して、出版業界の次のイノベーションにつながりそうな気配なのだ。
さて、振り返って、自炊する日本の人々はどうか。そこには、出版業界が能力を出し惜しみして、消費者が不当に発展から取り残されている、そんな雰囲気が感じられるのだ。
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