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コラム
瀧口範子@シリコンバレーJournal
キャリアIQのプライバシー侵害騒動と「ビッグ・データ」の脅威
デジタル・テクノロジーとプライバシーの問題が再燃している。
今回の舞台は携帯電話。シリコンバレーのベンチャー企業で、モバイル機器用の分析ソリューション(情報システム)を開発するキャリアIQのソフトウエアによって、ユーザーが携帯電話上で行った操作がモニターされ、キャリアIQに送信されていることが発覚したのだ。
モニターされているのは、かけた電話番号、送ったテキスト・メッセージ、携帯電話上で立ち上げたアプリ、ウェブ上で訪れたサイトなどありとあらゆる操作の記録だ。キャリアIQのテクノロジーは、アンドロイド携帯、ノキア携帯、iPhoneなど多種の携帯電話やスマートフォンに搭載され、そこから得られたデータの分析結果は通信キャリアに提供されているものと見られる。コネチカット州に住む25歳のセキュリティー研究者がこれを発見して、11月末にユーチューブ上で発表したところ、大騒ぎになった。
問題は、このソフトウエアが見えないところでユーザーの了承なく作動していて、またこの機能を無効にできない、あるいは無効にする手続きの方法がすぐにわからないことだ。ユーザーの行動データが送信される過程で、さらに第三者によってデータが傍受され、悪用される可能性もある。
事態は急速に展開した。キャリアIQは、同社の技術は通信会社が問題を自動的に感知して、通信ネットワークの性能を向上させることが目的だとやり返し、この研究者を訴えると脅したレターを送付。これに対して、インターネット上のフェアユースや言論の自由を唱えることで知られる団体EFF(電子フロンティア財団)が、研究者を代理して反論。研究は消費者教育を目的としたもので、同社資料の利用や研究内容の発表は違法ではないと説明した。その後キャリアIQが謝罪して訴えを取り下げた。
この騒ぎを受けて、アップルは同社の機能をiPhone上ではオフにして出荷することを決定したと発表。他機種携帯に関しても、各社がキャリアIQのテクノロジーとの関係や利用の実態を明らかにした。また、機能を無効にするいろいろな方法が今、インターネット上で回覧されているところだ。キャリアIQと通信会社には、ユーザーによる集団訴訟も起こされている。
デジタル・テクノロジーとプライバシーの問題は、なかなか収まりを見せない。というのも、これはまだはっきりとしたルールのない領域で、現在ひとつずつケースが積み上げられているところからだ。
だが、ことユーザーに関して言えば、人は大きく二種類に分かれる。プライバシー問題に敏感な人とそうでない人だ。
敏感なユーザーは、プライバシー侵害と見受けられる問題にはことごとく、過剰に感じられるほど反応しているように見える。求められても、違法でない限り運転免許書を提示しないとか、店頭での電子パッド上の署名は行わないといった人もいる。一方、そうでない人は、自分にはっきりした災難がふりかかってきたこともないし、それほど過敏になることもなかろうと構えている。中でも大部分の人は、完全な無関心ではなくて、重大な問題が出てきたら反応しようと思っているのかもしれない。
だが、デジタル・テクノロジー時代のプライバシー問題について言えば、私は過敏になるくらいの方が得策だと考えている。その理由は3つだ。
ひとつは、携帯電話、スマートフォン、コンピュータに限らず、クレジットカードの利用、ホテルの宿泊、公共交通機関の利用など、今はあらゆるところで刻々とユーザーの行動データが生み出されていること。専門用語でこれを「ビッグ・データ」と呼ぶのだが、この大量のデータで一体何ができるのかは、素人はもとより専門家でもまだわからない状態だ。それぞれのデータはどんな些末なものに見えても、組み合わせ次第で詳細なユーザーの実態を語り得る。だから「ちょっとくらいのプライバシー情報が流れても問題ない」と今は感じていても、数年後、いや数ヶ月後には手のつけようのない深刻な問題に発展してしまうこともあるのだ。
もうひとつは、上記した第三者による傍受。今回問題になっているキャリアIQについて言えば、おそらく通信ネットワーク性能の向上が目的だったというのは本当のことで、それが盗聴と同等のプライバシー侵害にも抵触する可能性があるというところだろう。だが、もっと悪質な目的を持った業者はたくさんいる。あなたの嗜好を読み取って、ダイレクトメールを送ってきたり、ウェブ上に広告を表示させたりするならばまだしも、不在を狙って留守宅を荒らしたりするような行為も、今や携帯電話のデータを盗むことからできなくはないことを知っておくべきだろう。こうしたことは防ぐに越したことはない。
さらに、これはちょっと大げさかもしれないが、プライバシー情報を守るのはシビリティー(市民性)の観点からも重要だ。これからの世界は、国の活動と企業活動、そして市民の活動の三本立てで成り立つようになる。21世紀になって、国ができること、企業が行えることの限界が見え、これまでよりも市民社会に求められる役割が大きくなるだろうからだ。
特にアメリカでプライバシー情報保護の訴えに耳を傾けていると、その目的は企業に自分の情報を悪用されないようにすることも大きいが、行き着くところは国の権力に対して自分を護るためにあると感じられることがよくある。日本では、情けない政府を糾弾することは盛んでも、市民のプライバシー情報を使って国家権力が何をなし得るのかに関しては意識が薄い。中国でもあるまいし、まさか悪用されることはないだろうと安心しているのだ。
だが、歴史はどう動くかわからない。護ってくれるはずの国が、支配者に転じることもあるのだ。それに、内部告発とまで行かなくとも、ただ正当な申し立てをするために多くの勢力を敵に回してしまうことも少なくない。そうした時、種々のユーザー情報を持つ企業はそれをいともあっさりと国家に引き渡してしまうことも憶えておく必要がある。
その意味で、ウォールストリート占拠運動が始まった時、上述したEFFが「デモに参加する際の携帯電話の扱い方」を指南して、どうプライバシー情報を守るべきかを説いていたのは、実に興味深かった。対企業、対国家の立場から自分を対等のものとして護るすべを持たなければ、市民社会は成り立たないという意識がその根底にある。
ひとつはっきりしているのは、プライバシーはこれからのテクノロジーにおける中核の問題になるということ。人気のスマートフォンやアプリの情報も大切だが、こちらも同じくらい重要なのである。
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