コラム

iPhone位置情報「個人は特定できない」は本当か

2011年04月30日(土)10時30分

 アップルとグーグルが、iPhoneやアンドロイド携帯で位置情報データを集めていたことが、プライバシー侵害だとして、非難の対象になっている。グーグルもアップルもそれぞれに声明を出し、かいつまむと、通信サービスをよりよく利用してもらうためのデータ収集であり、そのデータから個人の名前まで特定はできない、と説明している。

 プライバシー侵害の問題になると、何かと考えさせられることが出てくる。今回ならば、次のようなことだ。

 まずは、われわれがデータについて、あんまりよく理解していないという点。

 たとえば、位置情報データが問題になるというのならば、携帯についているGPS機能とか位置情報設定を「オフ」にすれば、それでいいのではないかと思ってしまうだろう。だが、ことはそんな簡単ではなかったということだ。

 携帯はたとえGPS機能をオフにしていても、ひっきりなしに周りの携帯基地局やWifiネットワークとやりとりしていて、その場所を特定されているのだ。専門家ならばよく知っていることだろうけれど、われわれ一般人は「オン/オフ」の設定がついていること自体に、うっかりだまされていたと言うしかない。
 
 それに、今回のようにその位置情報データを何週間も何ヶ月分も集めて、それをアップルやグーグルのサーバーに送っているということになると、一体それが何を意味するのかわからないという問題もある。もちろん、そうした集積したデータの使い道はいろいろあるだろうけれど、もっとも単純なレベルでは、そのユーザーの行動の軌跡やパターンがわかってしまうということだ。ちょっと調べれば、毎日どこへお務めだとか、夏にはどこへ休暇に出かけたなどということまでわかるだろう。

 さて、もうひとつ考えさせられるのは、「データは集めても個人の名前は特定できない」という、いつもの説明を本当に信じていいのかという点だ。

 両社共に、携帯についているIDナンバーや「アノニマス(匿名)」なデータが集められているだけだと弁明している。携帯デバイスと持ち主のアイデンティティーをつなげられるのは通信キャリアであって、自分たちではないということだ。

 だが、ある専門家は、「毎日深夜にいる場所が自宅で、日中ほとんどの時間を過ごしているところが勤め先」だとすぐにわかるから、位置情報によって個人の特定は簡単にできると説明している。要は、グーグルやアップルも「わかるけれども、敢えて見ないようにしている」というのが本当のところだろう。

 その意味では、彼らが持ち主個人までは特定できないとしているのは、確かにウソではない。だが、われわれユーザー側としては、今や個人のアイデンティティーはあらゆるデータから紙一重で隔てられているに過ぎないと理解すべきだろう。

 たとえば、上述したように自宅と勤め先がわかり、ハマっているゲームや見ているサイトからだいたいの年齢を把握すれば、およその年収もわかってしまうだろう。これにどこへ行った、どんな買い物をしたといったようなデータを組み合わせたり、ソーシャルネットワークで友達となっているユーザーのデータから導き出されたパターンを組み合わせたりすると、その人となりがかなりの精度で浮かび上がってくる。

 現在のデータのすごいところは、以前ならば個人名や住所があってこそ引き出せたその人となりが、そんなものなしにすっかり見通せてしまうということだ。おそらく、データ専門家たちは、従来で言われるところのプライバシー侵害をせずに、いかにしてその個人に近づけるかを競っているはずなのである。

 だから、アップルやグーグルなど携帯デバイスのメーカーが、あるタイプの情報データに関して「個人は特定できない」と語ったとしても、それは決してわれわれのプライバシーを護ってくれるものではないということだ。そこを超えて、データがどんな風に扱われているのかがわからなければ、安心はできないわけだ。

 プライバシー論議が出てくると、イタチごっこのようにいつも同じところへ舞い戻ってくる感があるのだが、その理由は「単体としては正しくても、全体としては正しくない」という時点へ世界が進んでしまっているからなのだと思う。今のプライバシー論議はもちろん重要なのだが、何か細部に足をとらわれている気がしてならない。

プロフィール

瀧口範子

フリーランスの編集者・ジャーナリスト。シリコンバレー在住。テクノロジー、ビジネス、政治、文化、社会一般に関する記事を新聞、雑誌に幅広く寄稿する。著書に『なぜシリコンバレーではゴミを分別しないのか? 世界一IQが高い町の「壁なし」思考習慣』、『行動主義: レム・コールハース ドキュメント』『にほんの建築家: 伊東豊雄観察記』、訳書に『ソフトウェアの達人たち: 認知科学からのアプローチ(テリー・ウィノグラード編著)』などがある。

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