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コラム
瀧口範子@シリコンバレーJournal
日本にもウィキリークスが必要だ
尖閣諸島沖で起きた中国漁船衝突事件の映像が流出した事件。この機密情報漏洩問題で連想したのは、もちろんウィキリークスのことだ。
日本政府は漏洩したのは誰かをつきとめるために躍起になり、マスコミはそれを報道するばかり。だが、ウィキリークス体験に洗われたアメリカから見ると、「もし日本にもウィキリークスのようなサイトがあれば、国民の議論はもっと先に進んでいたのではないか」と思えてならない。
ウィキリークスはご存じのとおり、今年7月と10月の2回にわたり、合わせて50万ページにもおよぶアフガニスタン、イラク両戦争の戦闘ログ(記録)を公開した国際的な内部告発サイト。
その特徴は、身の危険を冒してリークを行う政府や企業の内部告発者を護るために、情報通信経路の随所に暗号化の技術を埋め込み、実際にその情報がどこから流出されたのかをわからなくしてしまうことである。サーバーも世界数か国に設置し、特定のロケーションでサーバーが政府の管理下に抑えられても、他のサーバーが機能するしくみになっている。
情報をリークするのも、身元を隠蔽するのも、情報を公開するのも、そして一般人がそれを閲覧するのも、すべてテクノロジーの力によって簡単になり、告発の内容が一般の人々に直接に伝わる。そのインパクトは大きい。
■犯人探しより問われるべきこと
「もし日本にもウィキリークスのようなサイトがあれば」と思ったのは、公開された映像が果たして機密扱いされるべきものだったかどうかが、まず疑問に感じられるからだ。
私自身はあの映像を見て、「衝突」とことばだけで表現されてきたものが実際にはこういうことだったのかと、改めて理解できた。「衝突」という文字から人々が想像することは、100人いれば100通りだろう。だがこの映像を見れば、海上保安庁の巡視艦が監視する様子、漁船がどんな行動をとったのかなどの事実がありのままにわかる。国民にとっては、この映像情報が公開されることの利点の方が、政府から「衝突」と教えてもらっただけで、あとは目隠し状態に置かれるよりはずっと大きいのではないかと感じられるのだ。
ウィキリークスによってアメリカが思い知らされたのは、もはやデジタル化された情報は隠しようがないという事実だ。どう護っても、それを破る方法が必ず出てくる。従って、ウィキリークス体験後のアメリカの議論は、かなり最初の時点からそれらの文書が指し示す内容が国民の目から隠されてきたこと自体に置かれている。なぜ公開されないのか、なぜ異なった発表が行われているのか。機密文書漏洩のおかげで、アメリカ国民は自分たちの置かれている目隠し状態に少なくとも意識的になったのだ。
一方、現時点での日本は「機密漏洩→誰がやったのか」という短絡的な議論に終始したままだ。だが、本来の議論はもっと先にあるのではないか。もちろん、この映像が公開されたことによって、反中感情や反日感情が巻き起こることもあり得るだろう。そもそも、それを狙っての漏洩かもしれない。政府の対応の甘さもさらに突かれるだろう。
しかし、本当はわれわれの国民の事実に対する情報が増えたこと、そういう情報が機密扱いされている意味などに議論をシフトすべきなのではないだろうか。ことにマスコミにはその役割があると思う。ウィキリークスは自らをメディアとも名付けているが、現在のアメリカのマスコミに対して、ウィキリークスがかなりの刺激を与えたことは間違いない。
■漏洩防止の最先端は機密減らし
現在、アメリカでは機密情報自体が多すぎることが問題とされている。たとえ政府が情報漏洩を防止するための高度な電子暗号やウォーターマーク(電子水紋)などの技術を施したとしても、単純にその処理数が煩雑さを引き起こすと予想されているのだ。機密扱いの情報そのものを減らす以外に、その解決法はないということだ。こうした議論も、ウィキリークスによってさらに進んだ。
「ウィキリークスがあれば」と感じたもうひとつは、政府にも企業にも頼らないシステムの存在だ。シリコンバレーには、「テクノロジーNPO」という思想の流れがある。テクノロジーと言えば「ドットコムで一攫千金」とか企業ITなどがすぐ頭に浮かぶが、テクノロジーNPOはテクノロジーを政府の権力や企業の私欲に左右されることなく、一般国民の公共の利益のために中立に利用することを目指す流れである。
ウィキリークスはその意味では、メディアと内部告発という機能でテクノロジーNPOを実現している。もちろん、ウィキリークスは決して完璧ではない。公開した機密文書に現地協力者の実名が記されたままで、彼らを危険にさらしているとか、内部分裂が起こっているなどの問題も多い。だがそれでも、ウィキリークスによってアメリカの機密情報に対する議論は前進した。その貢献は大きい。
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