コラム

グーグル・インスタントでもっと曖昧になる興味と人気

2010年09月17日(金)10時45分

 グーグルは先頃、新しい検索技術「グーグル・インスタント」を発表した(日本での利用開始予定は数ヶ月後)。

 グーグル・インスタントは、われわれの検索時間を縮めてくれる便利なものだ。検索ボックスに文字を入力し始めるやいなや、検索候補をいくつも表示し、同時に第一候補の検索結果がずらりと一覧できるようになる。すべては検索ボタンをクリックしたり、リターンキーを押したりすることなしに、である。

 これまでも検索候補を表示する機能はあったが、グーグル・インスタントでは、今この瞬間により多くの人々が検索している言葉をほぼリアルタイムで示すところが異なり、しかも文字をひとつひとつ加えるごとに検索候補も検索結果の表示もガラガラと変わる。検索がまるで動画になったかのような、非常にダイナミックなものになったという感じがする。

 グーグルはグーグル・インスタントを検索の歴史の中でも大きな飛躍と位置づけている。同社によると、これまでわれわれはひとつの検索作業に25秒ほどの時間をかけているのだそうだ。入力ボックスに文字を打ち込む時間、長々と出てくる検索結果に目を通して、その中から目的のものを探し出す時間も無視できない。

 グーグル・インスタントを使うと、その時間が2、3秒縮まるのだそうである。キーワードを入力し終わらないうちに目的のフレーズが表示されたりするし、そこに行き着くクリックの数も少なくなっているからだ。たかが2、3秒とバカにするなかれ。日々の検索件数が増えるにつれ、その数秒の重みはどんどん大きくなっているのだ。

 ところで、この発表を聞きながら考えたのは、便利さと、その一方でますます脆弱になる自分自身の価値観との関係だ。つまり、世の中の「人気」に抵抗して独自の価値観をつらぬこうとする判断力を弱体化させる誘惑が、ますます世の中に溢れているということである。

 というのも、グーグル・インスタントが表示する検索候補は、今世の中で「人気」を呼んでいるものを反映しているからである。

■劇場を検索したら死亡事件の情報が

 たとえば、「la」と入力ボックスにタイプしただけで、スクリーンには「lady gaga(レイディー・ガガ)」の写真とリンクで埋め尽くされたページが表示されてしまう。もしてんとう虫を検索しようとしているのならば、根気よく「ladybug」と最後まで入力しなければならない。その間、「la」「d」「y」まではずっとレイディー・ガガなのだ。

 もちろん、ladybugに行き着く途中で他のおもしろいページを見られるのは悪くない。それにフィードバックもたくさんあってためになる。たとえば、ある劇場の名前を検索ボックスに入力したところ、名前のあとに「死亡事件」とついた候補が表示された。知らなかったのだが、ここで数カ月前に争いごとで死亡した人物が出たらしい。検索しようとするだけで、情報まで入ってくるわけだ。

 だが、「今、人気のあるもの」に身をさらす機会はとても大きなものになっていて、そのことにちょっと意識的であった方がいいと思うのだ。現在のインターネットのしくみは、人気を呼んでいるもの、話題になっているものが上位になるという構造に大きく傾いている。これは確かに便利なようで、われわれの社会に対する視線をゆがめてしまう働きもする。人気がさらに人気を呼び、最終的にはそれがアンバランスなほどに膨張していることを、われわれが気づかなくなってしまうからである。「人気」イコール「重要性」、あるいは「人気」イコール「事実」ですらないことを、いつも肝に銘じておくことが必要なのだ。

 まあ、コンピュータ・スクリーン上の小さな検索「箱」の中で起こっていることに目くじらを立てることもなかろうという意見もあるだろう。だが、人気の検索キーワードによってマーケティングをするSEO(検索最適化)、検索による広告表示など、検索の影響力は決して小さくない。

■新興コンテンツ工場「デマンド・メディア」

 もっと要注意なのは、人気の検索用語に基づいてコンテンツを大量生産する新手のメディア会社がぞくぞくと出現している事実だ。

 その代表格は、デマンド・メディアという新興企業。彼らは今現在人気の検索用語、広告費を最も稼げる用語を独自のアルゴリズム技術で拾い上げ、それを自社に登録している多数のフリーランス・ライターやビデオ作家らに投げかけて、コンテンツを大量生産する。インターネットに上げる際には再び、検索で拾い上げられやすいキーワードをはじき出し、それを組み合わせたタグをつけ、検索結果の上位に表示されやすくなるしくみを埋め込む。目的は広告収入だ。

 もちろんインターネット上のメディアは、メジャーなものでも新興のものでも、多少は「人気」を意識しているだろう。だが、デマンド・メディアの違いは、その目的が何かを報道したり伝えたりすることではないということだ。単純にそれらしいコンテンツを大量生産し、そこに人々の目を向けさせることなのだ。そのためにアルゴリズム技術を極限まで磨き上げているのである。同社はこの手法で、何と1日4000件以上のコンテンツをインターネットに上げている。ライターたちは、ファストフードのアルバイトに毛の生えたような報酬で働く、コンテンツ工場の作業員のようなものだ。

 その結果起こるのは、実のない人気の膨張作用である。こうしたメディアのコンテンツは、ユーチューブはもちろんのこと、ハウツーもののサイトに掲載されたり、通常のメディア会社のサイトに売られたりもしている。ウェブのすみずみにまで、それとはっきりわからないかたちで行き渡っているのだ。

 現実の世界にも同様のことはあるだろう。人気を呼んだ自己啓発本の著者が同じような本を出し続けたり、テレビ番組がどこも同じセレブの事件を取り上げていたりする。何度も同じものを見たくなるのは、人間の心理だろう。だが、そうしたことに繰り返し耳目をさらしているうちに、大げさに言えば世界観のバランスは少しずつ狂っていくのだ。
 
 グーグル・インスタントの発表後にデモを見せてくれた同社のスタッフは、私が「これはつまり、『人気』に基づいて検索候補を表示するのですね」と質問すると、「というより、人々の『興味』に基づいて、ということです」と言い直した。今やそのふたつは同じものになっている。自分の本来の興味を世界の人気から分け隔てるのが難しい時代に、われわれは生きているのである。

プロフィール

瀧口範子

フリーランスの編集者・ジャーナリスト。シリコンバレー在住。テクノロジー、ビジネス、政治、文化、社会一般に関する記事を新聞、雑誌に幅広く寄稿する。著書に『なぜシリコンバレーではゴミを分別しないのか? 世界一IQが高い町の「壁なし」思考習慣』、『行動主義: レム・コールハース ドキュメント』『にほんの建築家: 伊東豊雄観察記』、訳書に『ソフトウェアの達人たち: 認知科学からのアプローチ(テリー・ウィノグラード編著)』などがある。

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