コラム
酒井啓子中東徒然日記
アルジェリア拘束事件の背景にあるマリ戦争
突然の事件に、驚いた。アルジェリアでの日本人拘束事件である。
13年前、凄惨な内戦に一応の終止符を打ち、一昨年の「アラブの春」では周辺国で政権が次々に倒れていくのを横目で見ながらも、アルジェリアのブーテフリカ政権は健在だ。反政府デモは少なくないが、原油輸出額は2003年以降急速に伸びていまや内戦時の七倍近く、経済成長率もここ数年2~3%と、悪くはない。今回被害にあった日揮をはじめ、伊藤忠、三井、三菱など、日本は70年代から大手商社がアルジェリア向けに大型の建設プラントを輸出してきた。
そのアルジェリアで何故このような事件が起きたのか。それは、隣国マリの状況と連動しているに違いない。マリでは1月11日、マリ北部の反乱勢力を抑えようとする政府軍の要請を受けて、フランスが軍事介入、戦争状態に突入したからである。
マリ戦争の原因は、複雑だ。メディアが伝えるような、「北部=イスラーム過激派=アルカーイダ対マリ政府=欧米諸国」、という理解は、短絡的に過ぎる。
まず、政府軍と戦う北部の反政府勢力の根にあるのは、トゥワイレグ部族を中心とした北部の、富の集中する南部との貧富格差に対する不満と、南部からの分離運動である。この分離独立運動は最近のことではなく、アフリカ諸国が独立を果たした60年代初期にはすでに芽生えていた。しかし、政府軍との力の優劣は歴然としており、ほとんど成果をあげなかった。
そのバランスが崩れたのが、「アラブの春」、特に隣国リビアでの政権交代である。内戦状態となったリビアでは武器弾薬が溢れたが、それらが国境を超えてマリ北部に流入、反政府派の手に渡った。また、リビアのカダフィ大佐はアフリカ諸国から多くの傭兵を抱えていた。カダフィ体制崩壊後、これら傭兵は自国に帰還するわけだが、そのことが各国政府軍のバランスを揺るがせる。マリはその典型例だ。元傭兵軍人が戻ったことで、軍内の権力関係が変化し、2012年3月には軍事クーデタが起きた。これらのことが一気に、マリの政府・反政府関係を逆転させることとなったのである。
さらに複雑なのは、北部の分離運動は当初、トゥワイレグ部族を中心に世俗的な民族運動を展開していたのに、そこにイスラーム勢力が加わったことだ。アンサール・ディーンというイスラーム厳格派がそれだが、エジプトのムスリム同胞団などのように、比較的穏健な勢力だとも言われる。むしろ危惧されるのが、「北アフリカのアルカーイダ」や「西アフリカのジハード運動」の存在だろう。彼らはアンサール・ディーンと歩を共にしているが、彼らの多くはマリ人ではなく、内戦時代のアルジェリアやリビアから流入したとも言われる。
周辺国で結成しているECOWAS(西アフリカ諸国経済共同体)やフランスがマリ介入を考えるようになったのは、昨年秋以降、世俗民族運動に代わりこうしたイスラーム勢力が、北部勢力の間で主流を占めたからである。この展開は、まさにアフガニスタンなどで、アルカーイダの台頭と外国の軍事介入の負のスパイラルを起こしてきた過去の事例と同じではないか。ソ連軍の駐留に抵抗し、地元社会に根ざしたタリバンが、国際的に孤立するなかでアルカーイダに協力を仰ぎ、アルカーイダに母屋を乗っ取られる。米軍の軍事介入で一旦は政権転覆されたものの、戦後も再びタリバンは一大勢力を誇っている。チェチェン紛争も、そうだ。チェチェンの民族独立闘争から始まった運動が、ロシアの徹底した弾圧に並行して、抵抗側は外国から来たイスラーム義勇兵への依存を強める。
暴力的なアルカーイダ系と、アンサール・ディーンの関係を断たせればよいに違いない、という政府/仏側の発想も、過去の経験の踏襲だ。イラク戦争後駐留していた米軍は、アルカーイダをイラク社会から孤立させるために、スンナ派アラブの諸部族にカネをばら撒いた。結果、一時期の内戦状態に比べて治安は落ち着いたが、宗派対立の根本的な問題は解消できないままにある。
イラクにせよ、アフガニスタンにせよ、外国、特にアフリカに植民地支配をした経験を持つ国が軍事介入して、効果を挙げられた試しはない。米国はそれに懲りたので、介入には控えめだ。しかし、今回はフランスが先走っている。
そのフランスが期待するのが、アルジェリアだ。内戦を乗り越え、対テロ戦争の経験を持つアルジェリアに、なんとかマリ戦争で主導的立場に立って欲しい――。そんなフランスの秋波に対して、「巻き込まれて自国が再び内戦に逆戻りするのは困る」と、アルジェリアは懸念する。今回の事件は、そのアルジェリアへの「警告」なのだろうか。すでに引きずり込まれてしまったアルジェリアは、今後どう関与するのか。
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