コラム

マリファナ解放区オークステルダムは赤字自治体を救うか?

2009年07月29日(水)17時30分

 ウチの隣町オークランドのFOXシアターで、7月25日、「リボウスキ祭り」が開かれた。『ビッグ・リボウスキ』というコーエン兄弟監督の98年のコメディ映画のファンの集いだ。

『ビッグ・リボウスキ』は、ジェフ・リボウスキ(ジェフ・ブリッジス)という元ヒッピーのオッサンが主人公。白髪交じりの長髪とヒゲを伸ばし、いつも半ズボンにサンダル、寝巻きのガウンというだらしないことこの上ない格好。当然仕事などなく、ゴミためのような家で朝からマリファナとホワイトロシアン(カルーアミルクとウォッカで作るカクテル)で酔っ払っている役立たず。

 たまに外出しても、自分と同じようなダメ中年たちとボウリングばかりしているリボウスキは、自分を The Dude (デュード、伊達男とか大将というニュアンス)と呼ばせている。実のところ、 Slacker (スラッカー、ゆるい人。でれーっとハッパばかりやってる人のこと)でしかないのだが。

 ところがリボウスキの徹底したダメぶりがなぜか共感を呼び、『ビッグ・リボウスキ』はカルト映画になった。2004年からケンタッキーで始まった「リボウスキ祭り」は、今や全米ツアーをするほどのイベントになった。映画の登場人物のコスプレをしたファンが集まり、いっしょにボウリングしたり、ホワイトロシアンを飲んだりして遊ぶのだ。

 しかし、その日のオークランドの「リボウスキ祭り」にはちょっと歴史的な意義があった。4日前の7月21日はスラッカーにとって記念すべき日になったのだ。

 オークランドの住民投票で投票者の8割がマリファナへの課税に賛成したのである。

 1996年、カリフォルニア州の州民投票で医療用マリファナの合法化が認められた。医療用とは、マリファナが肉体的痛みや精神的ストレスを緩和する効果を薬として利用すること。ガンやエイズ、鬱病、PTSD、不眠症などの患者は医者の診断でマリファナ使用許可証を得れば、合法的にマリファナを購入できる。

 このライセンス制度はユルい。「この腰痛を癒すにはマリファナしかないんです」と自己申告すれば簡単に取れちゃうし、ライセンス所持者が買ったマリファナを友達に分けても別に処罰されない。

 筆者の住むベイエリアはもともとサンフランシスコはヒッピー発祥の地であり、60年代からドラッグ・カルチャーの中心だったが、それから約30年を経て、ついに堂々とハッパの看板を掲げたマリファナ販売店が開業し始めた。

 ウチの隣町オークランドでは「オークステルダム」化運動が続いている。オークランドのダウンタウンをオランダのアムステルダムのようなマリファナ解放区にしようというのだ。まず、アムステルダム式の「コーヒーショップ」が次々にオープンした。マリファナ入りのクッキーやケーキを出す店だ。さらに、オークステルダム大学なるものも開校。マリファナ・ビジネスを始める人のために、マリファナに関する医学的知識、法律、ハッパの育て方などを教える学校だ。

 また、カリフォルニアのように医療用マリファナを認める州も増え、いよいよアメリカでの合法化も近いかに見えたが、大きな問題があった。

 アメリカ合衆国の連邦法では、相変わらずマリファナは違法なのだ。だからカリフォルニア州から正式に営業許可を受けた販売者が連邦の麻薬取締局に逮捕されるという事態が起こった。オークステルダムでもその被害にあって潰れた店も多い。

 この、連邦法と州法の対立を打開するかもしれないのが、今回のオークランド市の住民投票だ。オークランド市がマリファナに課税しようと考えたのは、財政危機で藁にもすがる必要があるからだ。

 オークランド西部はアフリカ系、東部はメキシコ系の巨大なスラム街になっている。凶悪犯罪の多さは全米でもワースト5に入るほどだが、予算不足で警官の増員はできない。公立学校も教師を減らしたり学校を閉鎖しする一方なので、貧困層の子供たちの教育程度はさらに低下し、ストリート・ギャングになっていく。

 しかも、2006年からの住宅市場崩壊が市の財政に大打撃を加えた。アメリカでの市の財政は住民の固定資産税に大きく依存しているので、住宅価格が急落すると税収がなくなってしまう。そこでオークランド市はマリファナに1.8パーセント課税することで、少しでも税収を増やすことを検討している。

 では、オークランドなど比べ物にならない250億ドル(約2兆3700億円)以上の赤字を抱えるカリフォルニア州が、この事態を放っておいていいわけがない。今年2月、カリフォルニア州議会の下院議員トム・アミアーノ(民主党)は、酒のようにマリファナを合法化して課税する法案を提出した。

 現在、カリフォルニア州で消費されるマリファナは合法、非合法合わせて年間2600万オンスと推測されている。アミアーノ議員は、マリファナ1オンス(約28グラム)につき50ドル課税すれば年に13億ドルの税収になるというのだ。しかも、完全な合法化によって犯罪組織による闇マーケットも一掃できると。

 もちろん反対者も多い。人口3000万人の州でマリファナを合法化するなんてパンドラの箱を開けるようなものだ。マリファナは麻薬とは違い、人体へのダメージや中毒性はほとんどないことが確認されているが、性的なタガが外れたり、仕事への意欲が減退したりなどの社会的なマイナスは確かにある。合法化に反対する州下院のロジャー・ニーロ議員(共和党)は、マリファナは「非生産的」と言う。リボウスキみたいにロクに働かない奴らを生み出す葉っぱを法律で許すわけにはいかないということだ。

 でも、逆に、リボウスキなグータラにも無理やり社会に貢献させるシステムと考えればいいかもよ。

oaksterdam.JPG

マリファナ・ビジネスのノウハウを教えるオークランドの「オークステルダム大学」

プロフィール

町山智浩

カリフォルニア州バークレー在住。コラムニスト・映画評論家。1962年東京生まれ。主な著書に『アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない』(文芸春秋)など。TBSラジオ『キラ☆キラ』(毎週金曜午後3時)、TOKYO MXテレビ『松嶋×町山 未公開映画を観るテレビ』(毎週日曜午後11時)に出演中。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

赤沢再生相、ラトニック米商務長官と3日と5日に電話

ワールド

OPECプラス有志国、増産拡大 8月54.8万バレ

ワールド

OPECプラス有志国、8月増産拡大を検討へ 日量5

ワールド

トランプ氏、ウクライナ防衛に「パトリオットミサイル
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸せ映像に「それどころじゃない光景」が映り込んでしまう
  • 4
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 5
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 6
    「登頂しない登山」の3つの魅力──この夏、静かな山道…
  • 7
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 8
    「詐欺だ」「環境への配慮に欠ける」メーガン妃ブラ…
  • 9
    孫正義「最後の賭け」──5000億ドルAI投資に託す復活…
  • 10
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 4
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 5
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 6
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 7
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 8
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 9
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 10
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 6
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 9
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 10
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story