コラム

中国にはなぜ理系指導者が多いのか

2009年10月14日(水)10時00分

 建国60周年を迎えた中国。本誌10月7日号も中国を特集しましたが、いささか首を傾げるトーンの記事も散見されました。

 特集の最初の記事は、「一党独裁を脅かす権力闘争が始まった」というタイトル。これには興味を惹かれますね。「一党独裁を脅かす」とは、どんな事態が進行しているのか。思わず読みふけったのですが...。

 要は、「人民派」と「エリート派」という2つの勢力が、ほぼ拮抗した力を持ち、胡錦濤国家主席の後継の座を争っている、というものでした。

 まあ、そうなんでしょう。中国共産党は、建党初期から、決して一枚岩ではありませんでした。毛沢東だって、長征の過程での党内闘争に勝ち抜いて権力を握りました。でも、党内での派閥争いが、どうして「一党独裁を脅かす」ことになり、「中国に多党制や民主主義をもたらすかもしれない」と言えるのでしょうか。

 本文の冒頭には、「共産党の一党独裁が次の60周年を迎えられる可能性はますます小さくなっているらしい」とありますが、その根拠が希薄です。胡主席が、「共産党と競合しない範囲で存在を認められている8つの小政党のメンバーと話し合いをした」のだって、以前からよくあること。8つの小政党が存在するからといって、これらの「政党」は、「中国共産党の指導を受ける」ことになっています。民主主義国の常識に照らせば、これは独立した「政党」とは呼べないものです。「中国に多党制」がもたらされるものではありません。

 次にひっかかったのが、「さらば理系指導者の時代」という記事です。「毛沢東後の中国共産党指導部は、圧倒的に理系出身者が多かった」が、「時代は変わり始めた。国家の統治には幅広いスキルが必要だという認識が広まるにつれ、党指導部では法学など『ソフトサイエンス』を学んだ若いエリート層が急速に台頭している」というものです。

 目のつけどころは面白いですね。でも、胡錦濤国家主席や温家宝首相など理系指導者がどうして多かったのか、この記事ではわかりません。

 実はこれ、文化大革命のせいなのです。胡主席や温首相の学生時代、文化大革命の嵐が吹き荒れました。このとき文科系学生の多くが、紅衛兵として「革命」の真っ只中に突入し、内ゲバで死傷したり、反革命として処刑されたりしたのです。

 学内の嵐に無関心だった理系の学生だけが、嵐を生き延びることができました。胡主席や温首相の世代は、他に優秀な人材が残っていなかったため、結果として理系指導者が台頭したという背景があります。

 革命の嵐が過ぎ去って平穏な社会になれば、政治や経済、法律に関心のある文系の人材が台頭するのは、世の習いです。

 こういう歴史を知ってか知らずか、記事はいささか内容の薄いものになってしまいました。

プロフィール

池上彰

ジャーナリスト、東京工業大学リベラルアーツセンター教授。1950年長野県松本市生まれ。慶應義塾大学卒業後、NHKに入局。32年間、報道記者として活躍する。94年から11年間放送された『週刊こどもニュース』のお父さん役で人気に。『14歳からの世界金融危機。』(マガジンハウス)、『そうだったのか!現代史』(集英社)など著書多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米9月貿易赤字10.9%減、予想外の縮小 20年6

ビジネス

米新規失業保険申請、4.4万件増の23.6万件 季

ビジネス

中国経済運営は積極財政維持、中央経済工作会議 国内

ビジネス

スイス中銀、ゼロ金利を維持 米関税引き下げで経済見
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキャリアアップの道
  • 2
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア空軍の専門家。NATO軍のプロフェッショナルな対応と大違い
  • 3
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれなかった「ビートルズ」のメンバーは?
  • 4
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 5
    首や手足、胴を切断...ツタンカーメンのミイラ調査開…
  • 6
    「何これ」「気持ち悪い」ソファの下で繁殖する「謎…
  • 7
    受け入れ難い和平案、迫られる軍備拡張──ウクライナ…
  • 8
    ピットブルが乳児を襲う現場を警官が目撃...犠牲にな…
  • 9
    「安全装置は全て破壊されていた...」監視役を失った…
  • 10
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 6
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 7
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 8
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 9
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 10
    仕事が捗る「充電の選び方」──Anker Primeの充電器、…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story