コラム

虚妄の「加害者意識」が生む日韓の憎悪の悪循環

2014年10月01日(水)19時32分

 このごろ在特会(在日特権を許さない市民の会)という団体が、よく話題になる。これはいわゆる「ネトウヨ」(ネット右翼)の集まりで、もとは2ちゃんねるなどで「在日韓国人が不当な特権をもっている」という話を広めていたグループだが、最近は在日の住む地域でデモ行進をして「死ね」などと罵声を浴びせている。

 他方、こういう「ヘイトスピーチ」に対抗して「レイシストをしばき隊」という集団ができ、街頭で在特会に罵声を浴びせる活動を続け、乱闘事件も起こっている。最近、在特会の桜井誠会長の書いた『大嫌韓時代』という本がベストセラーになり、あちこちの書店でこれを撤去させようとする「しばき隊」とトラブルが起こっている。こういう事件がかえって宣伝になり、アマゾンではずっとベストセラーの第1位になっている。

 彼らのいう「在日特権」とは、日本国籍がないのに永住権をもつ特別永住者などの制度をさす。たしかに自治体によっては在日の人々が優遇されているケースがあるが、これは在日だけの特権ではない。同和についても同様の特別扱いがあり、こっちのほうが規模は大きい。これは彼らが特別な権力をもっているためではなく、むしろその弱い立場を利用して役所を脅しているのだ。

 在特会の政治的主張は「日韓の外交断絶」などの荒唐無稽なものだが、それが一定の説得力をもってしまう背景には、慰安婦問題に代表される日本人の過剰な加害者意識がある。日本軍は中国を侵略したが、韓国を侵略したことはない。韓国は第2次大戦のときは日本の領土だったのだ。ところが戦後、日本がサンフランシスコ条約で独立するとき、朝鮮半島の扱いが混乱し、朝鮮人はすべて日本国籍を失い、「朝鮮籍」になった。

 1965年の日韓条約で、帰化して日本国籍を選ぶこともできるようになったが、多くの在日韓国人は帰化を拒否し、日本国籍なしで日本に住み続けた。1991年に特別永住者という制度を創設し、在日韓国人に限って永住を認める措置をとったが、在日は「一方的に国籍を剥奪されたのは不当なので、われわれは日本人だ」と主張して選挙権を要求した。

 選挙権がほしければ帰化すればいいのだが、それを拒否する韓国人が多い。彼らは実質的には日本人で、韓国語の話せない人も多いので、今さら韓国に帰ることはできない。かといって日本で帰化すると、在日コミュニティから排除され、生活しにくくなる。そこで日本国籍のないまま、日本人と同等の扱いを求めているのだ。

 在日が戦後、日本国籍を失ったのは、戸籍制度で朝鮮人を別扱いしていたためだ。これが彼らの被害者意識を生み、日本人の側では「日本に加害責任があるのだから、帰化しなくても選挙権を与えるべきだ」という社民党などの意見を生んだ。しかし最近発見された外交文書では、韓国側が「ポツダム宣言の受諾と同時に日本国籍を離脱した」と主張していたことが判明した。

 1948年に韓国と北朝鮮ができたころは、彼らは「抗日戦争に勝利した」と自称し、サンフランシスコ条約でも「戦勝国」の扱いを求めた。もちろんそんな実態はなかったので連合国に認められなかったが、彼らは国内向けには「日帝36年」という歴史を教えている。ここから「在日はすべて強制連行されて国籍を奪われた」とか「慰安婦が強制連行された」という神話ができた。

 日本人の中にも「日帝36年」を信じている人がかなりいるが、それは間違いである。韓国は1910年に正式の条約で日本の領土になり、日本の敗戦で独立したのだ。その植民地支配も朝鮮から搾取したわけではなく、むしろ大赤字だった。戦後、在日の人々がいろいろな差別を受けたことは事実だが、彼らが母国に帰らなかったのは、90年代まで軍事政権で、経済的にも貧しかったからだろう。

 終戦直後にいろいろ混乱があったことも事実なので、過渡的な措置としては特別永住者というのはやむをえなかった。その他の「逆差別」も彼らのハンディキャップを補正する意味があった。しかし今は在日にも同和にも差別はほとんどなくなり、むしろ逆差別の弊害が目立ってきた。特別扱いをやめようとする自治体も多いが、圧力団体の反対を受けてずるずると続いている。これは特権というより役所の事なかれ主義なのだ。

 戦後70年たち、戦時中の「加害責任」の当事者も少なくなった。日韓関係でいえば、そもそも加害の実態がほとんどない。それなのに在日を特別扱いすることが在特会のような偏見を生み、それが韓国の反発を呼ぶ悪循環が広がっている。朝日新聞の慰安婦誤報は、そういう虚妄の加害者意識が暴かれた事件ともいえる。これを機会に「戦後」を卒業し、アジア諸国とも未来志向で話し合ってはどうだろうか。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イスラエル首相らに逮捕状、ICC ガザで戦争犯罪容

ビジネス

米中古住宅販売、10月は3.4%増の396万戸 

ビジネス

貿易分断化、世界経済の生産に「相当な」損失=ECB

ビジネス

米新規失業保険申請は6000件減の21.3万件、4
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 10
    中国富裕層の日本移住が増える訳......日本の医療制…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story