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コラム
池田信夫エコノMIX異論正論
特定秘密保護法は「治安維持法」ではなく「スパイ防止法」である
防衛・外交などの「特定秘密」を指定する特定秘密保護法案は衆議院を通過したが、参議院では自民党の石破幹事長の失言を野党が追及し、12月6日に会期末を控えてぎりぎりの駆け引きが続いている。朝日新聞を先頭に、メディアは「特定秘密保護法反対」の大合唱だが、そのほとんどは誤解である。
一番よくある誤解は「戦前の治安維持法のように言論統制を行なう法律だ」というものだ。治安維持法はすべての国民を対象にする法律だったが、特定秘密保護法は「我が国の安全保障に関する情報のうち特に秘匿することが必要であるものについて、特定秘密の指定及び取扱者の制限その他の必要な事項を定める」(第1条)ものであり、その対象は一般国民ではない。
規制対象になる「特定秘密の取扱者」は主として国家公務員だが、政治家も含まれる。政治家の情報管理はいい加減で、2001年の同時多発テロのときは田中真紀子外相が国防総省の避難先を記者会見でしゃべってしまった。これでは作戦を事前に日本に教えると漏れてしまうので、アメリカが軍事機密を教えてくれないのだ。尖閣諸島をめぐって中国が挑発を繰り返している今、これではいざというとき日米共同作戦が取れない。
「報道の自由が侵害される」というのも誤解である。報道機関は第22条で除外されており、規制対象ではない。特定秘密の取扱者の秘密漏洩を「共謀し、教唆し、又は煽動した者」(第25条)は処罰されるが、これは今の国家公務員法や自衛隊法と同じで、特定秘密保護法で新たに処罰の対象になるわけではない。
外交機密の漏洩で有罪になった事件として有名なのは、1972年の「西山事件」だ。これは沖縄返還の際の密約を毎日新聞の西山太吉記者が社会党に渡した事件だ。これを社会党が国会で質問したとき、その文書を外務省に見せたため、情報源(外務省の局長秘書)が特定され、彼女とともに機密漏洩を「教唆」した罪で西山記者も逮捕された。
この事件は「特定秘密保護法の危険性」の例としてよく出てくるが、逆である。西山記者は現行法で逮捕されたのだから、今でもメディアの機密漏洩は処罰できる。違うのは罰則が国家公務員法や自衛隊法から特定秘密保護法に変わって、最高刑が重くなることぐらいだ。
この事件以降、記者が起訴される事件は日本では起こっていない。2001年に読売新聞が報じた外交機密費流用事件では、外務省の要人外国訪問支援室長が外交機密費7億円以上を私的なギャンブルなどにあてていたことが判明し、彼は詐欺罪で逮捕された。このときも読売が報じた情報は「外交機密」だったが、検察は起訴しなかった。
海外の例では、ニューヨーク・タイムズが国防総省のベトナム戦争についての機密文書を掲載したペンタゴン・ペーパー事件や、ワシントン・ポストがニクソン大統領のスキャンダルを暴いたウォーターゲート事件が有名だ。いずれも重大な国家機密であり、その漏洩は違法だったが、メディアは起訴されなかった。それは報道された内容の公益性が高く、機密として守るに値しないと司法当局が判断したからだ。
つまり報道の自由を守るのは、テロの定義がどうとかいう法技術論ではなく、それが本物のスクープかどうかなのだ。西山事件でも外務省は「密約はなかった」という答弁を繰り返したので、これも国家公務員法違反(虚偽答弁)である。毎日新聞社は闘うべきだったが、西山記者が秘書と「情を通じた」と起訴状に書いた検察の脅しに負けて、西山記者を退職に追い込んだ。問題は法律ではなく、記者を守れない経営陣である。
「原発反対運動が取り締まりの対象になる」ということもありえない。特定秘密は、防衛・外交・特定有害活動・テロリズムの4分野に限定されている。「財物の窃取若しくは損壊、施設への侵入、有線電気通信の傍受、不正アクセス行為その他の特定秘密を保有する者の管理を害する行為により、特定秘密を取得した者」(第25条)は処罰されるが、これは現行の刑法や不正アクセス禁止法とほとんど同じだ。
新たに規制の対象になる民間人は、公務員の家族や友人、それに官庁の委託業務で特定秘密にアクセスする企業の社員である。自衛隊については今でも企業に守秘義務があるが、他の官庁では曖昧なので、特定秘密の取扱者が制限され、「適性評価」をして守秘義務が課せられる。これは民間企業のやっているセキュリティ対策と同じで、官庁のほうが遅れている。
こういうスパイ防止法は、どこの国にもある。日本でも中曽根内閣のころから何度も国会に提出されたが、野党やメディアの反対でつぶされた。民主党政権でも同様の法案が検討されたので、これが日米防衛協力の障害になっていることは民主党も知っているはずだ。上にみたように、メディアのあおっている不安には根拠がない。
しかし安倍首相がこのような国防の根幹にかかわる重要法案を臨時国会に提出し、わずか1ヶ月で成立させるのは拙速である。これは国家安全保障会議(日本版NSC)が12月4日に発足するのに合わせたのだろうが、両方とも一刻を争う法案ではない。
特定秘密の指定基準は第三者機関でチェックすることになっているが、法案では明記されていない。必要以上に広い範囲の情報を特定秘密に指定し、それにアクセスする人を逮捕するようなことがあってはならない。この法案はそういう微妙な部分を政令にゆだねているので、今後も監視が必要だ。
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