コラム

「アベノミクス」の演出した円安は日本経済を救うか

2013年01月04日(金)22時07分

 年明けの東京外国為替市場は、大幅な円安・ドル高で始まった。1月4日の正午現在の為替レートは1ドル=87円75銭と前日に比べて1円40銭も上がり、2年5ヶ月ぶりのドル高となった。これに連れて日経平均株価の午前の終値も1万700円となり、震災前の水準を回復した。

 直近の要因は米議会で「財政の崖」を回避する法案を議会が可決したことだが、安倍首相の主張しているインフレ・円安の「アベノミクス」の影響もあるだろう。長期的にみると、2008年の世界金融危機で欧米の金融機関への不安が高まり、相対的に安全な通貨だった円に資金が逃避した「リスクオフ」の動きが落ち着いて、資金が欧米に環流した影響もある。

(図)2008年以降のドル/円レートの動き(Yahoo!ファイナンス)

dollar.gif

 図のようにドル/円レートは、2008年の110円を最後に急激にドル安に振れ、5年前の水準にまだ戻っていない。相場が「リスクオン」に戻るとすれば、まだかなり上がる余地がある。EU(欧州連合)では、昨年7月にECB(欧州中央銀行)が各国の国債を無制限に購入すると約束してから、ギリシャやポルトガルなどの国債の価格が大幅に上昇しており、ユーロに資金が環流する原因となっている。

 もう一つの要因は経常収支である。貿易決済だけを考えると、経常収支が黒字だと円が強くなって輸出が減り、黒字がなくなるまで円安になるはずだ。日本は昨年の貿易収支が赤字になり、経常収支も一時的に赤字になったので円は下がる――という説があるが、外為市場で動いている資金の99%は投機資金なので経常収支は均衡しない。ただ長期的にみると、日本が高齢化して輸出が減るので円は弱くなるだろう。

 短期的な為替レートの決定要因は、金利とインフレ率の差である。日本の名目金利はゼロに近いが、アメリカの名目金利もゼロでインフレ率は2%近いので、実質金利(名目金利-インフレ率)は日本のほうが高い。こういう場合はドルで借りて円に投資することによって2%の利鞘が出るので円が上がる。この理論で考えると、円が下がる理由はない。

 長期的な為替水準を決める理論的要因は、貿易財の購買力平価である。これは国際的に取引される商品の価格が各国で等しくなる為替レートで、長期的にはこの水準に戻る傾向がある。これでみると円の購買力平価は1ドル=60~80円とされ、現在の円は割安である。特に日米のインフレ率は10年間で20%ぐらい違うので、長期的にはデフレ効果で円高になる(これは国際競争力に影響しない)。

 このように為替の動きにはいろいろな(互いに矛盾する)決定要因があり、円安傾向は心理的にはわかるが、理論的には正当化しにくい。ただ相場のプロにとっては、今のように激しく相場が動く時期は稼ぎ時で、その最大の材料は政治である。安倍首相と麻生財務相が派手なスタンドプレーを繰り返す日本の政権は、世界の投機筋の絶好の材料になっている。特に円が安くなると、外国人投資家が円で借りて割安な日本株を買うため日本株も上がるが、これもどこかで利益を出して売るだろう。

 最大のリスクは、日本の財政がいつまでもつのかということだ。この点で、長期金利が0.83%と昨年末から0.035%ポイント上昇し、4ヶ月ぶりの高値をつけたのが気になる。今は国債は順調に消化されているが、遠からず国内で消化が困難になると予想されている。長期金利が上昇すると、今は国債を買うしかない邦銀が民間への融資を増やし、長期金利がさらに上がる局面が来る。

 金利が上がると財政負担が大きくなるので、日本銀行が国債を買い入れる必要があるが、これが国債を買い支える財政ファイナンスとみなされると、海外の資金が逃避して円がさらに下がる。これによって金利がさらに上昇する・・・というループに入ると、円が暴落して財政と金融機関の経営が破綻する。市場が円安に動いている背景には、こうした財政リスクもあるものと思われる。

 つまりアベノミクスが成功しても失敗しても円は下がるのだが、それがいいことかどうかはわからない。輸出産業は一息つくだろうが、エネルギーや輸入品の価格は上がり、家計の負担は増える。歴史が教えるのは、通貨価値が下がるときは、その国の衰退期だということである。その意味で円が下がることは長期的には避けられないのだが、まるで死に急ぐかのような安倍・麻生氏の経済政策には不吉な兆候がある。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

焦点:アサド氏逃亡劇の内幕、現金や機密情報を秘密裏

ワールド

米、クリミアのロシア領認定の用意 ウクライナ和平で

ワールド

トランプ氏、ウクライナ和平仲介撤退の可能性明言 進

ビジネス

トランプ氏が解任「検討中」とNEC委員長、強まるF
MAGAZINE
特集:トランプショック
特集:トランプショック
2025年4月22日号(4/15発売)

大規模関税発表の直後に90日間の猶予を宣言。世界経済を揺さぶるトランプの真意は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇した「透けレギンス」投稿にネット騒然
  • 2
    【クイズ】売上高が世界1位の「半導体ベンダー」はどこ? ついに首位交代!
  • 3
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 4
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判…
  • 5
    「2つの顔」を持つ白色矮星を新たに発見!磁場が作る…
  • 6
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?.…
  • 7
    300マイル走破で足がこうなる...ウルトラランナーの…
  • 8
    今のアメリカは「文革期の中国」と同じ...中国人すら…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ関税 90日後の世界──不透明な中でも見えてき…
  • 1
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜け毛の予防にも役立つ可能性【最新研究】
  • 2
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 3
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最強” になる「超短い一言」
  • 4
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ…
  • 5
    パニック発作の原因とは何か?...「あなたは病気では…
  • 6
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇…
  • 7
    中国はアメリカとの貿易戦争に勝てない...理由はトラ…
  • 8
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 9
    動揺を見せない習近平...貿易戦争の準備ができている…
  • 10
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 5
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 6
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 7
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 8
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えな…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story