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コラム
池田信夫エコノMIX異論正論
「エネルギー・環境の選択」はSF映画のシナリオ
政府の国家戦略室に設置されたエネルギー・環境会議は、2030年に「原発依存度」を何%にするかの選択肢について、全国で意見聴取会を開いている。8月1日に福島市で行なわれた意見聴取会では30人の登壇者のほぼ全員が「0%」を主張し、これまでの全国の意見聴取会の意見表明希望者数の内訳でも、70%が「0%」を選択している。
それは当然だ。他の条件を無視して「原発があったほうがいいかないほうがいいか」と質問したら、ないほうがいいに決まっている。もし政府が「消費税は何%がいいか」という選択肢で意見聴取をしたら、同じく「0%」がトップになるだろう。それが民意なら、消費税をなくすのだろうか。エネルギー政策のような専門的な問題を、素人の民意で決めようというのがナンセンスだ。
意見聴取の対象になっているエネルギー・環境に関する選択は、常識では理解できないものだ。最初に「原発依存度を可能な限り減らす」という前提が置かれ、2030年の原発依存度について0%と15%と20~25%の3つの「シナリオ」が示されるが、それを具体的にどう立法化するのかは書かれていない。これは法的拘束力のない「人気投票」なのだ。
0%シナリオを実現するには、原発の運転期間を40年としている現在の方針を変えて、寿命の残っている原発を廃炉にしなければならないが、そのためには電力会社に数兆円の損害を強要する必要がある。さらに水力を除く再生可能エネルギーで全電力の24%をまかなうことになっているが、今2%しかない太陽光や風力エネルギーを12倍にすることが可能だと思っている専門家はいない。
原発をゼロにすると、どういうメリットがあるのだろうか。このシナリオには、それは何も書かれていない。国家戦略室の資料によれば「原発事故の甚大な被害や地震国の現実を直視し、徹底した安全対策の強化」をするのだから、原発をゼロにする必要はないはずだ。皮肉なことに、このシナリオは政府がいまだに「安全神話」によりかかっていることを示している。
他方、原発をゼロにするとエネルギー価格は大幅に上がり、政府の計算でも2030年のGDP(国内総生産)は「自然体」に比べて最大8%マイナスになる。今後20年間の成長のほぼ半分が、原発を減らすことで吹っ飛ぶ計算だ。メリットは何もないのに成長率が半減するシナリオが、経済政策の名に値するのだろうか。
根本的な間違いは「原発依存度」などという無意味な目的関数を設定したことにある。経済政策の目的は、社会的コストの制約の中で成長率を最大化することであり、原発依存度などというものは、その結果として出てくるに過ぎない。成長率を最大化するには政府が介入しないで電力会社が市場原理にもとづいて発電すればよいが、環境への影響や事故のリスクなどの外部コストがある場合には、政府が規制する必要がある。
こうした観点から、EU(ヨーロッパ連合)はExtern Eというプロジェクトで、エネルギーの外部コストを計算している。それによれば、原子力の外部コストはkWhあたり0.25ユーロ(24円)で、石炭火力の2.55ユーロの1/10だ。直接コスト(運転にかかる経費)はほぼ同じなので、両方を合計した社会的コストは、原子力が火力よりはるかに低い。この原因は石炭火力が大量温室効果ガスを出し、大気汚染や採掘事故によって世界で毎年数万人が死亡しているからだ。石炭火力は、原子力よりはるかに多くの人命を犠牲にしているのだ。
再生可能エネルギーの外部コストは原子力より低いが、直接コストは原子力よりはるかに高いので、社会的コストは原子力がもっとも低いというのがEU委員会の結論である。社会的コストの計算には不確定要因が多いので、これが唯一の評価ではないが、論理的にはこのように社会的なコストとメリットを比較して効率的なエネルギー構成を考えるのが当然であり、発電手段の比率を目的として設定するのは本末転倒だ。
そもそも政府のシナリオは、何のためにつくったのだろうか。資料には「8月に決定するエネルギー・環境戦略を受け、速やかにエネルギー基本計画を定める」と書かれているが、基本計画を定めるのは経済産業省である。国家戦略室は首相の諮問機関で立法する権限はないので、これは参考資料に過ぎない。
今年中に解散・総選挙が行なわれると消えてなくなる民主党政権が、20年後のシナリオなんか書いても、SF映画みたいな空想である。すでに霞ヶ関は「大事なことは次の政権で」という先送りモードに入っており、経産省も「お手並み拝見」(資源エネルギー庁の課長)という姿勢だ。これも民主党が「政治主導」と派手に打ち上げるのはいいが、肝心の法律は官僚が書いて換骨奪胎される、といういつものパターンに落ち着きそうだ。
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