コラム

「軽税国家」日本で増税はなぜこれほど困難なのか

2012年06月29日(金)13時43分

 消費税関連法案が衆議院で可決され、民主党が分裂する様相が強まっている。しかし消費税率10%というのは、世界的にみて最低水準である。全国間税会総連合会の調べによると、主要国の間接税(付加価値税)率(2011年、%)は次の通り。

 スウェーデン:25
 イギリス:20
 イタリア:20
 フランス:19.6
 オランダ:19
 ドイツ:19
 ロシア:18
 ブラジル:17
 中国:17
 韓国:10
 オーストラリア:10

 EU(ヨーロッパ連合)諸国のほとんどは15~25%で、アメリカは州によって違うが10%以下。日本のように5%というのはカナダと台湾とナイジェリアだけで、これが10%になっても世界の下から20位ぐらいである。それなのに、1997年に税率を5%に上げて以来、15年間も上げることができなかったのはなぜだろうか。

 その一つの原因は、日本が「重税国家」だというイメージだろう。たとえば連合の世論調査(2007年)では、「税金や社会保険料の負担が増した」という回答が85%にのぼる。しかし実際には、日本の国民負担率は28%で1990年代より下がっており、主要国で日本より負担率が低いのはアメリカと韓国ぐらいだ。所得税や社会保険を含めても、日本は世界でトップクラスの「軽税国家」なのである。

 ところが同じ連合の調査でも「税金の仕組みに満足していない」という回答は81%、「税金の使い方に無駄がある」という回答は78%にのぼる。つまり消費税にこれだけ抵抗が強い原因は、税率が高いからではなく、それが正しく使われていないと多くの人々が感じているからだ。

 一般に政府への信頼が低い国では、増税がむずかしい。消費税率10%の国をみると、エジプト、スーダン、インドネシア、カンボジア、ベトナム、モンゴル、ラオスなど、政治的に問題を抱えた国が多い。他方、北欧の税率は高く、スウェーデンの国民負担率は65%にものぼるが、重税感は少ない。それはアドホックな補助金が少なく所得再分配が中心なので、負担と給付の関係が透明だからである。

 これは歴史的にも裏づけられる。中国のような専制国家の税は苛酷だと思われているが、歴代王朝の税率は地方によっても違うが、5~10%程度だったと推定されている。その原因は公共サービスがほとんどなく、国内の移動が自由だったので、重税の地方からは国民が逃げ出すためだ。

 他方、中世ヨーロッパの都市国家の税率は30%以上だった。これは都市国家間の戦争が絶え間なく続き、堅固な城壁を築いて軍事力を維持する必要があったためだ。戦争に負けると皆殺しにされるのが普通なので、命を守るための公共サービスという目的が明確だった。税率も議会で民主的に決められるため、納得性が高かった。

 つまり日本で増税を阻んでいる最大の壁は税率の高さではなく、負担と受益のバランスが崩れていることなのだ。今回の消費税引き上げ分も「税と社会保障の一体改革」と称して、ほとんどが老人福祉に使われる。しかも歳出増が税収増を上回るため、基礎的財政収支は改善しない。若い勤労世代にとっては、今回の増税はほぼ丸損といってよい。

 このように歪んだ歳出構造を放置したまま、これ以上増税することは政治的に不可能だ。消費税だけで財政を黒字化するとすれば、税率は30%以上にしなければならない。一般会計の30%を占める社会保障関係費を削減するだけでなく、積立不足が800兆円にものぼる公的年金の支給額を下げる(あるいは支給開始年齢を上げる)ことも避けられない。今回の増税で、日本は財政再建の入口に立ったにすぎないのである。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米10月求人件数、1.2万件増 経済の不透明感から

ビジネス

次期FRB議長の条件は即座の利下げ支持=トランプ大

ビジネス

食品価格上昇や円安、インフレ期待への影響を注視=日

ビジネス

グーグル、EUが独禁法調査へ AI学習のコンテンツ
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【クイズ】アジアで唯一...「世界の観光都市ランキング」でトップ5に入ったのはどこ?
  • 3
    中国の著名エコノミストが警告、過度の景気刺激が「財政危機」招くおそれ
  • 4
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 5
    「韓国のアマゾン」クーパン、国民の6割相当の大規模情…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「1匹いたら数千匹近くに...」飲もうとしたコップの…
  • 8
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    ゼレンスキー機の直後に「軍用ドローン4機」...ダブ…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 6
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 7
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 8
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 9
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 10
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story