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コラム
池田信夫エコノMIX異論正論
日銀への政治介入は「史上最大のギャンブル」
5日の参議院本会議で、日銀審議委員にBNPパリバ証券チーフエコノミストの河野龍太郎氏を起用する政府案が野党の反対多数で否決され、政府は人事案を撤回した。かつて民主党が野党だった時代に総裁人事を相次いで否決して空席にしたが、今度は自民党がいじめる側に回ったわけだ。
その理由として、自民党は「河野氏は日銀寄りの発言しかしていない」といい、民主党内でも「消費税の増税前に金融緩和で景気を上向かせないと政権がもたない」という意見が多いという。これは消費税の増税に「名目成長率3%、実質2%」という目標を入れたため、1%のインフレを実現しないと増税がむずかしくなると考えているのだろう。
しかし本当に河野氏は「日銀寄り」なのだろうか。たとえば3月のブルームバーグの「日銀サーベイ」では、彼は「日本経済が停滞しているのは構造問題が主な原因である。日銀が政策目標として『物価安定』が与えられている以上、これらの構造問題や円高が引き起こすデフレ圧力を可能な限り吸収することは日銀の責務であるが、構造問題の解決そのものは、金融政策で対応できるわけではない」とコメントしている。この認識はおそらく経済学者やエコノミストの多くが同意するもので、特に日銀寄りというわけでもない。
このように政治家が中央銀行にインフレ圧力をかけることは、どこの国でもよくあることだ。短期的な景気刺激の利益はわかりやすいが、長期的なインフレの被害はわかりにくいので、政治家はインフレバイアスをもつ。これが各国で中央銀行の独立性が法的に保証されている理由である。
それに対して政治家は「日銀にはデフレバイアスがある」という。日銀はインフレ退治を至上命令として金融緩和に慎重になり、デフレを放置しているというのだが、これには誤解がある。現代の先進国では、インフレは一般物価の上昇という形ではなく、資産バブルとして起こるのだ。
1980年代の日本のバブルのときも、2000年代のアメリカの住宅バブルのときも、一般物価は落ち着いていた。ヨーロッパの債務危機の原因も、通貨統合でギリシャなど通貨の弱かった国への投資が増えたことによる資産バブルと考えられている。どの場合も資産価格は高騰していたが、それがバブルなのか将来の収益増を見越した正しい価格なのかは、事前にはわからない。このため、中央銀行はバブルを放置することが多い。
80年代の日本では投機の対象は不動産や株式であり、2000年代の欧米では証券化商品だったが、現代の日本では国債である。世界の資産価格が暴落する中で、日本国債が1%程度の低金利(高価格)を維持しているのは、金融緩和で余った資金が邦銀に流れ込んでいるからだ。
この国債バブルも、崩壊するかどうかは事前にはわからない。一部の人々が信じているように、日本人はまじめだから、いざとなったら何とかするかもしれない。しかし何とかならなかったら、1000兆円の政府債務が返済できなくなり、財政だけでなく日本経済が崩壊する。そのリスクは今のところ小さいが、日銀が無理な金融緩和を行なうと資金がさらに過剰になってバブルが拡大する。
つまり日本のように政府債務が極大化した状態で日銀に金融緩和の圧力をかけることは、インフレではなく財政破綻のリスクを取る「史上最大のギャンブル」なのだ。しかも日銀をたたけば政治家は人気取りができるが、財政が破綻すると被害者は国民全員だから、コインの表が出たら政治家の勝ちで、裏が出たら国民の負けだ。それを応援するのは、よほどお人好しの国民である。
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