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コラム
池田信夫エコノMIX異論正論
製造業の「六重苦」を生み出す民主党政権のモラルハザード
製造業の危機が深刻化している。半導体大手のエルピーダメモリが会社更生法の適用を申請したほか、ソニーやパナソニックなど家電大手がそろって大幅な赤字を出し、シャープは台湾の鴻海精密工業が筆頭株主になると発表した。こうした苦境の原因として財界がよく指摘するのが「六重苦」と呼ばれる次のような問題である。
1.円高
2.過剰な雇用規制
3.高い法人税
4.強い温室効果ガス規制
5.自由貿易協定の遅れ
6.電力供給の不安
このうち、1を除く5つの問題の原因は同じである。民主党政権のアンチ・ビジネスの政策だ。その典型が、3月23日に閣議決定された労働契約法の改正案である。これは、有期契約労働者が同じ職場で5年を超えて働いた場合、本人が希望したら無期雇用(正社員)に転換することを義務づけるものだ。これまで民主党政権は派遣労働の禁止などの規制を強化してきたが、今回の改正案は、これを契約社員などの有期雇用全体に広げるものだ。
この法改正で、契約社員の待遇は改善されるだろうか。現在は雇用契約は3年までで何回でも更新できるが、5年を超えて雇用すると正社員にしなければならないと、企業は4年11ヶ月で雇い止めするだろう。かつて派遣労働者を3年雇用したら正社員にしなければならないという「3年ルール」で、2年11ヶ月で雇い止めされる派遣労働者が増えたのと同じである。契約社員は、もっと身分の不安定なアルバイトになるだけだ。
問題は、このような非論理的な政策がなぜ次々に出てくるのかということだ。よくある説明は労働組合の圧力だという話だが、これでは上の4から6は説明できない。合理的に説明できるのは、選挙対策という理由だろう。早ければ6月にも衆議院の解散・総選挙があるが、今度の選挙では民主党は大幅に議席を減らすと予想されている。惨敗すると、政権を失うだけでなく、民主党が分裂するおそれも強い。
もともと組織票の弱い民主党は、マスコミを味方につけないと勝てない。また「政治主導」と称して霞ヶ関を敵に回したため、情報がマスコミ経由でしか入ってこないので、民主党の政策はマスコミ受けをねらうポピュリズムが多い。かわいそうな派遣労働者や契約社員を禁止すれば、彼らは姿を消すのでマスコミも取材しなくなるだろう。原発を止めておけば、マスコミが放射能の恐怖をあおることもできない。
他方、六重苦に苦しむ製造業は日本から脱出する。高収益企業ほど海外売り上げや海外生産の比率が高いので、日本の政策の影響を受けにくい。彼らは日本の政治に何も期待していないので、マスコミにも発言しない。その結果、マスコミに出てくるのは、日本に残る低収益企業と「茶の間の声」だけになる。彼らには世界のビジネスは見えないので、業界や正社員の既得権を守る規制は快い。
このように民主党政権は、短期的なメリットの見えやすい政策で票を買い、その長期的な(わかりにくい)悪影響のコストを多くの国民に薄く広く負担させているのだ。このような行動をモラルハザードと呼ぶ。これを「倫理の欠如」と訳すのは誤訳で、これは不道徳なことをしているのではなく、情報の非対称性を利用して利益を上げる合理的な行動である。
本質的な問題は、政治もマスコミもいない人の声を代表することはできないということだ。日本の政策が既存企業の意見ばかり聞いて外資やベンチャー企業を排除するバイアスがあることはよく指摘されるが、いま起こっているのは、日本からいなくなった高収益企業や日本を脱出した(付加価値の高い)労働者の意見も聞こえなくなるという現象だ。
国内に残っている企業と高齢者の声だけ聞いていれば、さしあたり現状は維持できるが、経済は行き詰まり、既得権から排除される若い世代の生活はますます不安定になる。その結果、10年以内に破局的な事態が来ることも予想されるが、そのときには民主党は(存在するとしても)政権にはいないだろう。意識しているかしていないかは別にして、彼らは合理的に行動しているのである。
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