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コラム
池田信夫エコノMIX異論正論
原発の停止で日本経済は何を失ったのか
福井県おおい町にある関西電力大飯原子力発電所3・4号機の再稼働問題が、大詰めを迎えている。耐震性などについてのストレステストを終え、原子力安全委員会は「再稼働は妥当」との判断を示し、残るは地元の説得だ。ところが原発と無関係な大阪府市統合本部が、再稼働に強硬に反対している。大阪市の橋下徹市長
はツイッターで次のように書いている。
昨夏も今冬も、あれだけ電気が足りないと電力会社は喧伝しながら、結局安定供給です。今、関西は原子力発電は0状態ですが、安定供給状態です。いったいどれくらい足りないのか真実はやぶの中です。そうすると②電力会社の儲けのための原発政策かと疑ってしまいます。
去年の夏、原発が止まっても「安定供給」が維持できたのは、電気事業法第27条による電力使用制限が行なわれ、企業に「15%節電」が強制されたからだ。関電の説明資料によれば、原発を再稼働しない場合、今年の夏の電力消費量のピークが発電量を上回る日が41日あると予想される。今年の夏も電力使用制限を行なえば、電力不足は逃れることができるかもしれないが、製造業は日本から出て行き、雇用は失われるだろう。
もう一つの問題は、電力コストである。原発を止めると、代わりに火力発電所の運転を増やさなければならない。関電の2012年3月期の連結最終損益は、2530億円と過去最大の赤字になる見通しだ。この最大の原因は、原発の停止にともなって燃料費が8000億円と2010年の2倍以上に増えたためだ。これは橋下氏にいわせれば「電力会社の儲け」の問題だということになるのかもしれないが、電気料金は総括原価主義だから、コスト増は確実に電気料金に上乗せされる。
そして原発停止は、日本経済に大きな影響を及ぼしている。みずほ総研の調べによると、2011年の燃料輸入額は21兆8000億円と、前年から4兆4000億円も増えた。GDP(国内総生産)の0.9%が燃料に消えたことになる。これはゼロ成長に近い日本経済に大きな打撃となり、貿易収支は31年ぶりの赤字になった。
しかも原油と石炭の輸入量は2010年より減ったのに、全体の輸入額が2割以上も増えている。これは世界的な原油高の影響に加えて、日本の電力会社が原発の停止によってLNG(液化天然ガス)をスポットで大量に買い付けて相場が上がったことが原因だ。つまり原発を停止すると、日本経済の資源価格に対する脆弱性が高まるのだ。いま中東ではイランの核開発に対してイスラエルが爆撃を示唆し、緊張が高まっている。ホルムズ海峡が閉鎖されると原油価格が暴騰し、日本経済に大打撃を与えることは必至だ。
それに対して原発を止めるメリットは、具体的に何だろうか。事故が起こると大きな損害が出るが、それは確率で割り引かなければならない。IAEA(国際原子力機関)では苛酷事故の起こる確率は10万炉年に1度とされ、これによれば54基の原発のある日本で事故が起こる確率は約2000年に1度だ。日本の原子力安全委員会は最大500炉年に1度という(非現実的に大きい)リスクも想定しているが、これだと約10年に1度だ。
福島で想定されている最大5兆円の賠償額を事故確率で割ると、1年あたりのリスクは25億円~5000億円である。つまり原発停止のコストは燃料費だけでもGDPの1%近くにのぼるのに対して、そのメリットは最大でもGDPの0.1%程度なのだ。どんな経済行動にも、このような費用と便益のトレードオフがある。その両面を勘案した上で判断するのが政治の役割であり、片面だけを誇張するのはデマゴーグだ。
関電の筆頭株主である大阪市は、6月に開かれる株主総会で「全原発の廃止」などを求める株主提案を出す方針だというが、彼らはこのような損益のバランスを検討したのだろうか。橋下氏のお気楽なツイッターには、そういう形跡はまったく見えないのだが。
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