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コラム
池田信夫エコノMIX異論正論
TPPの空騒ぎを仕掛けているのは誰か
永田町では、TPP(環太平洋パートナーシップ)をめぐる騒動が盛り上がってきた。全国農業協同組合中央会は25日、TPP反対請願を衆参両院議長に提出したが、この請願書には「紹介議員」として与野党の356人の氏名が記載されている。民主党では「TPPを慎重に考える会」が国会議員199名の署名を集め、自民党の谷垣総裁も慎重姿勢を見せ、公明党は反対の姿勢を表明した。
以前のコラムでも書いたように、TPPの農業への影響はGDP(国内総生産)の数百分の一。環太平洋の自由貿易圏を構築することは1990年代からの既定方針で、今さら国を挙げて議論するような問題ではない。不可解なのは、こんな小さな経済問題がこれほど大きな政治問題になるのはなぜかということだ。
よくいわれるのは「農村票は固いので、数が少なくても政治家は恐い」とか「1票の格差が農村に有利になっている」という話だが、農家は人口の3%に満たない。しかもその7割以上は兼業農家で、「休日に農作業もするサラリーマン」にすぎない。地方の選挙区でも都市部の票が圧倒的に多く、都市住民の支持を得られない候補は勝てない。
問題は「農民」の票ではなく、「農協」の政治力である。1994年のウルグアイラウンドでは農水族議員を動員して6兆円の「つかみ金」を獲得し、そのほとんどは農業補助金などの形で農協に流れた。こうした豊富な資金力と、長年の自民党とのつきあいで培った人脈で、農協は政治団体として最大のパワーを保っている。
農協が強いもう一つの原因は、金と暇があるということだ。農薬や農業機械の普及で農作業にかける時間は減り、農家の所得も(補助金のおかげで)非農業世帯より高い。だから農協が動員をかけると全国から集まり、農水省や議員会館で何週間もデモを続ける。それがたとえ人口の1%の代表であっても、毎日押しかけられると、政治家は何らかの対応をせざるをえない。
農業は衰退産業だが、規制と補助金で手厚く守られているので、農業に力を入れるよりも政治家に圧力をかけて補助金を引き出すほうが収益性が高い。このように衰退産業を政治的に保護すると、人材がレント・シーキング(利権追求)に集まって本業がおろそかになり、さらに衰退する・・・という悪循環に入ってしまう。
この騒ぎを仕掛けている黒幕は、農水省である。TPPについて農水省は「GDPの1.6%が失われる」という誇大なシミュレーションを発表し、「食糧自給率が13%に低下する」と危機感をあおっている。農協はこの数字を利用して「日本の食が危ない」というキャンペーンを張っている。WTO(世界貿易機関)でも相手にされていない「食糧安全保障」という農水省の造語が、既得権の隠れ蓑に利用されているのだ。
農水省の今年度予算は2兆2000億円。農業以外のすべての産業を所管する経産省の3倍近いが、彼らにはもう仕事がない。終戦直後には、農水省には食糧の調達と分配という重要な業務があったが、今は農業補助金は農協の運転資金になっているだけだ。かりに明日、農水省を廃止したとしても、農業には何の支障もない。
だから農水省は農業団体をけしかけて「農業問題」を演出し、政治家は反対したふりをして農協の歓心を買おうとする。現実には日本政府が交渉参加を拒否する選択肢はありえないので、何らかの形で「つかみ金」が出るだろう。この田舎芝居は、彼らが日本経済を食いつぶすまで繰り返されるのだろうか。
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