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コラム
池田信夫エコノMIX異論正論
タバコと放射能のどっちが危険か
小宮山洋子厚生労働相が「タバコの価格を1箱700円ぐらいに引き上げるべきだ」と発言したことが論議を呼んでいる。たばこ税を所管する安住淳財務相は「タバコだけを抜き出して税を議論するのはバランスを欠く」と反発した。野田首相も財務相時代に「タバコや酒を増税するのはオヤジ狩りだ」と反発したこともあり、簡単には行きそうにない。
しかし小宮山氏もいうように、日本のタバコの価格が先進国の中で低いことは事実である。WHOのデータ(2009年)で見ると、調査した149ヶ国のうち1箱の価格が最高なのはノルウェーの11.48ドルで、税率は76%である。主要先進国7ヶ国(G7)ではイギリスが10.72ドル、カナダが8.05ドル、アメリカが4.79ドルなどとなっており、日本は2.82ドルで最下位だ(為替レートは1ドル=110円)。
ただ、たばこ税はその後も引き上げられ、昨年マイルドセブンが300円から410円になった。これは5.32ドルだから、円高のおかげでアメリカを上回り、G7では下から2番目になった。小宮山氏のいう700円というのは9.09ドルだから、一挙にノルウェー、イギリスに次いで世界第3位になる。これはさすがに抵抗があるだろうが、彼女によれば「700円までは税収は減らない」とのことだ(根拠は不明)。
問題は、小宮山氏もいうように税収ではなく、タバコが大きな健康被害をもたらしていることだ。厚労省の推定(2005年)によれば、 喫煙による年間の死者は男性11万2000人、女性1万9000人だ。これは喫煙によって肺癌になる確率が高まるためで、全死因の27.8%(男性)、6.8%(女性)を占める。
こうしたタバコのリスクは、放射能に似ている。放射線も発癌率を高めることによって健康に影響を及ぼすからだ。しかし福島第一原発事故で放出された放射能によって増える死者は、高田純氏(札幌医科大学教授)によればゼロに近い。原発の周辺で行なった調査でも、ICRP(国際放射線防護委員会)の「年間20ミリシーベルト」という基準を上回った地域はなかった。放射性物質を体内に入れることによる内部被曝も、この程度の放射線レベルであれば健康に問題ない。
医学的には、積算値で100ミリシーベルト以下の放射線被曝によって健康被害が出るという証拠はない。ICRPの1~20ミリシーベルトという年間放射線限度は「参考レベル」であり、実際にどういう基準を設定するかは各国の政府にゆだねられている。今回の事故では、政府が計画避難区域の基準を年間20ミリシーベルトとしたことが、一部で「人命軽視」だと批判されたが、1ミリシーベルトを基準にすると、全国の学校や幼稚園の砂場の砂を取り替えなければならない。これぐらいの放射線は日常的に存在するからだ。
「放射能とタバコは性格が違う」という人がいるかも知れないが、社会全体の健康リスクという意味では同じである。政府が「経済性に配慮して放射線基準を決める」というと、批判を浴びるが、すべての環境基準は経済性とのトレードオフで決まるのだ。「生命は経済より大事だからコストを無視してリスクをゼロにしろ」というなら、年間5000人が死亡する自動車も禁止しなければならない。
今後、放射性物質で汚染された農産物の賠償や表土の除染には、数十兆円のコストがかかると予想されているが、それによって死者が減る効果は考えられない。他方、タバコ税を上げることにはほとんどコストがかからないが、これによって1割でも喫煙が減れば、年間1万3000人の生命を救うことができる。
安住氏の言葉を借りれば、健康リスクが最大のタバコを放置したまま、放射能の問題だけを抜き出して大騒ぎするのは、政策としてバランスを欠く。タバコについてコストと利益のバランスを考えるなら、放射線の安全基準も経済性に配慮して再検討すべきだ。ヒステリックな感情論に流されて微量の放射能の除去に何十兆円もコストをかけるのは、社会的な浪費である。
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