コラム

アナログ放送の跡地は「広大な空き地」になる

2011年06月30日(木)18時02分

 7月24日、アナログ放送の電波が止まる歴史的な日が1ヶ月後に近づいてきた。これは10年前に電波法で決まった期日だが、そのときからテレビ局に2000億円以上の補助金が支出された。その大義名分は「放送終了した電波を移動体通信などに有効利用する」ということになっていたが、その電波はどう利用されるのだろうか。

 今1~12チャンネルが放送されているVHF帯は「テレビ以外の携帯端末向け放送」に割り当てられることになっている。しかしNHKの使っている1~3チャンネル(V-Low)については「マルチメディア放送」に使う予定で「推進協議会」ができているが話し合いが頓挫し、採用する技術も事業主体も決まっていない。

 4~9チャンネルは官庁が「自営通信(安心・安全)用の公共ブロードバンド」に使うことになっているが、まだ情報通信審議会で「技術的条件を検討」している段階だ。10~12チャンネルに相当する部分(V-High)については、NTTドコモと民放のグループが現在のワンセグに似た放送を来年春から始める予定だが、まだ端末もできていない。

 つまり7月25日から、アナログ放送の終わったあとは何も始まらないで、電波は空いたままなのだ。こういうことになったのは、総務省が電波の割り当てを「一本化」しようとしてきたからだ。特にV-Highについては、米クアルコム社などのグループとNTTドコモのグループが1年以上にわたって争い、「美人投票」(書類審査)が続けられた。

 先進国では、こういう場合は周波数オークションで高い価格をつけた業者が免許を落札するのが普通だが、総務省はオークションを拒否し、美人投票を繰り返して外資を排除した。この結果、サービス開始が大幅に遅れ、免許を取ったNTTドコモも採算の見通しは立っていない。放送型サービスはスマートフォンで見るのが普通になり、ワンセグを搭載した端末は減っているからだ。

 さらに不可解なのは公共ブロードバンドだ。ここは地方自治体・消防・警察などが5チャンネル取って災害の映像をHDTVで流すことになっているが、なぜそんな数年に1度の用途に役所ごとに別々の周波数を割り当てるのか、関係者も首をひねっている。現地の映像を伝送するのは、普通の携帯端末のビデオカメラで撮影して送れば十分だ。こんな特殊な用途のために、5000万世帯の見ている民放を止めるのは無駄である。

 こういう奇妙な割り当てになった根本原因は、放送局が「VHFの跡地はわれわれのものだ」と主張したためだ。つまり彼らは巨額の立ち退き料をもらいながら、立ち退く気がないのだ。V-Lowに至っては、ラジオ局の既得権を守るために「デジタル音声放送」に割り当てようという話があったがさすがに挫折し、プロジェクトが空中分解してしまった。

 さらに大きく空くのはUHF帯で、テレビ40チャンネル分のうち、地上デジタル放送は最大10チャンネルしか使わない。あとの30チャンネル分が使えるようになるため、この帯域はホワイトスペースと呼ばれ、欧米では無線インターネットに利用する技術の標準化が進められている。しかし日本ではこれもワンセグ放送で埋める予定で、放送業者が実験を進めている。

 アナログ放送の終了で空く周波数は、VHF・UHFあわせて200メガヘルツ以上。いま携帯電話の使っている全帯域に相当し、時価3兆円近いが、このままではテレビ局がふさいだまま死蔵されてしまう。そしてテレビ局はもちろん、系列の新聞社もこの貴重な国民の共有資源の浪費を報じない。

 かつてFCC(米連邦通信委員会)のミノウ委員長は、低俗な番組ばかり流しているテレビの電波を「広大な荒れ地」と評したが、日本のアナログ放送の跡地は、放送さえ行わない「広大な空き地」なのだ。放送を止めたあと何も使わないのなら、せめて使い道が決まるまでアナログ放送を続けてはどうだろうか。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ドイツ議会、540億ドル規模の企業減税可決 経済立

ワールド

ガザの援助拠点・支援隊列ルートで計798人殺害、国

ワールド

米中外相が対面で初会談、「建設的」とルビオ氏 解決

ビジネス

独VW、中国合弁工場閉鎖へ 生産すでに停止=独紙
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 2
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に...「曾祖母エリザベス女王の生き写し」
  • 3
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、「強いドルは終わった」
  • 4
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 5
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 6
    アメリカを「好きな国・嫌いな国」ランキング...日本…
  • 7
    アメリカの保守派はどうして温暖化理論を信じないの…
  • 8
    名古屋が中国からのフェンタニル密輸の中継拠点に?…
  • 9
    トランプはプーチンを見限った?――ウクライナに一転パ…
  • 10
    【クイズ】日本から密輸?...鎮痛剤「フェンタニル」…
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 4
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 5
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 6
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 7
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 8
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 9
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 10
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story