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コラム
池田信夫エコノMIX異論正論
被災者を人質にとって東電株主を救済する「賠償枠組」
政府は福島第一原発事故による東京電力の損害賠償支払いについての枠組を決め、13日にも閣議決定する予定だ。これは被災者への補償を急ぎ、東電の今年3月期決算の発表に間に合わせるためというのが建て前だが、被災者の仮払いはすでに始まっており、東電の決算は延期すればよい。このように拙速に最大10兆円ともいわれる賠償の枠組を決めることには疑問がある。
枠組の前提として、原子力損害賠償法に定める1200億円以上の損害を国が負担するかどうかが問題だが、政府は「東電の賠償に上限なし」という条件を出し、東電はそれを受諾した。これは東電の賠償が青天井になっても、国が面倒を見る救済案との取引である。資産売却や人件費圧縮など数百億円の「リストラ」と引き替えに数兆円の公的資金で救済してもらえるなら、安いものだ。
この救済案は当コラムで私も批判したが、経済学者も法律家も一致して反対してきた。「政府による9000億円の救済」といわれた日本航空でさえ、会社更生法で株式をすべて減資したのに、今回は特別法で東電を丸ごと救済するというのだから、異常といわざるをえない。その理由として政府があげるのが「法的整理を行なうと被災者への補償ができない」という理屈である。
会社更生法を適用すると、多くの債権者に対する東電の債務がいったん凍結される。債務は管財人によって優先順位をつけて返済され、返済できない債務はカットされる。通常の破産手続きでは、最優先されるのは税や事務所賃料など、会社更生手続きと事業継続に必要な債権で、その次に担保などの優先権のついた債務が返済され、一般の債権はもっとも優先順位が低い。そして株式は100%減資されて紙屑になるのが普通である。
問題は、この債務整理の中で、被災者の東電に対する損害賠償請求権が担保のない一般債権と位置づけられていることだ。東電の場合、社債は担保つきなので、損害賠償はそれに劣後することになる。つまり法的整理を行なうと、被災者への補償が大幅にカットされる、というのが表向きの理由だ。
しかしこの論理については、多くの法律家が疑問を表明している。現実の破産手続きでは債権の優先順位は固定的ではなく、担保がなくても人権にかかわる債権は優先されることがある。どうしても損害賠償請求権を優先させたければ、政府が賠償を立て替える基金をつくって東電に請求すれば、政府の債権は最優先となるので、法的整理を行なっても損害賠償請求権は守れる。
本当の理由は、被災者ではないのだ。海江田万里経済産業相は、国会答弁で「東京電力というのは93万人株主がいらっしゃって、その中には本当にお年寄りの方でずっと東京電力の株を持っている・・・」と個人株主を持ち出して同情を引こうとしたが、東電の株主の56%は法人であり、最大の株主は銀行である。
銀行は事故後にも、2兆円の緊急融資で東電を支援した。ここで彼らの保有する株式が減資され、債権もカットされるとなると、今後の融資には応じられないというのが彼らの立場だ。しかし銀行はプロである。緊急融資の時点で東電が破綻するリスクは知っていたはずだから、その債権がカットされるのは当然だ。いやなら他の銀行から借りればいいし、新会社が株式を発行してもいい。
会社更生法は、まさにこうした利害関係を法的に整理するための法律である。それを適用しないで、東電の損失を「奉加帳方式」で他の電力会社にも負担させ、債権を丸ごと保全すると、莫大な債務で東電の経営が破綻するばかりでなく、政府の裁量で数千億円の金が動くためロビー活動が激しくなり、国会は大混乱になる。政治力にたけた電力会社は損害を電気料金に上乗せし、利用者に転嫁するだろう。
政府にとっても財政支出はいやなので、悪役を電力会社に押しつけ、被災者のためという理由で料金に転嫁させるのが賢明である。要するに、関係者が自分の立場を有利にするために被災者を人質にとって資本主義のルールを曲げ、株主の責任を問わないで小手先のリストラでごまかそうとしているのだ。
しかし閣議決定しても、国会はねじれているので、参議院で野党が反対したらこの救済案は通らない。自民党の河野太郎氏は「東電で倒閣」を宣言しており、救済案は国会で行き詰まるおそれが強い。これによって菅内閣が倒れれば、救済案の功績は大きいかもしれない。
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