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コラム
池田信夫エコノMIX異論正論
東電の救済案でよみがえる不良債権の悪夢
複数の報道によると、東京電力の損害賠償を国が支援する「政府案」が検討されているようだ。それによれば政府が「原発賠償機構」(仮称)を新設し、その資金は交付国債や金融機関からの融資でまかなう。賠償は原則として東電が行なうが、一度に巨額の賠償が発生して資金繰りが困難になった場合は、賠償機構を通じて国の支援を受ける。
この案のポイントは、東電の国有化を避け、企業として存続させたまま国が支援することだ。賠償額は数兆円にのぼると予想されるため、東電は必要な場合は政府に「特別援助」を求め、賠償機構から借り入れや優先株発行で賠償資金を調達する。この資金は東電の利益から長期間かけて返済され、最終的には財政負担は発生しない建前だ。
もう一つ注目されるのは、賠償機構に「将来、原発事故が起きた際の賠償に備える保険機能の役割も果たす」という理由で電力各社が「負担金」を出資することだ。これは実質的に東電の賠償を他の電力会社が負担する「奉加帳方式」で、電力各社は難色を示しているという。
これを見て、何か思い出さないだろうか。1990年代後半、銀行の不良債権処理のために政府は他の銀行にも負担を求め、日本債券信用銀行に2000億円以上の融資を奉加帳方式で集めたが、日債銀は破綻して融資は返ってこなかった。その後、預金保険機構に政府が公的資金を出して銀行に資本注入を行なうしくみができた。預金保険機構には各銀行が「保険料」として拠出し、公的資金で日債銀や日本長期信用銀行などが国有化された。
今回の枠組みも、東電の「準国有化」ともいうべきものだ。形の上では賠償機構は東電とは独立だが、東電が資金援助を要請したとき賠償機構が拒否したら東電の経営は破綻するので、機構は東電の経営に強い影響力をもつ。責任の所在が東電にあるのか国にあるのか、はっきりしないしくみである。
しかし電力会社は銀行とは違う。銀行は決済機能をもっているため、取り付けが起こると経済全体に波及して、健全な銀行も破綻する「システミック・リスク」があるが、電力会社にはそういうリスクはない。もちろん電力を止めるわけには行かないので、会社を清算することはできないが、会社更生法で債務を整理しても電力の供給には支障がない。
もう一つの違いは、経営の崩壊していた銀行とは違って東電の本業は健全だということである。東電の純資産は約2兆5000億円、年間売り上げは5兆円を超え、経常利益は2000億円ぐらいあるので、時間さえかければ賠償を行なうことは可能だろう。地域独占なので、賠償の負担を料金に上乗せすることもできる。もちろん資金繰りは困難なので金融支援は必要だろうが、最終的に破綻しない企業を国が助ける必要はない。
ただ賠償が巨額にのぼった場合には、東電が破綻する可能性もある。これについて海江田万里経産相は「93万人いる株主の中には配当を生活費の足しにしている人もいるので東電を破綻させることはできない」と国会で答弁したが、こんな論理は資本主義社会では通らない。企業の起こした不祥事には、その所有者である株主が責任を負うのが筋である。
ここで責任の所在を曖昧にして「オールジャパン」で救済すると、かつての銀行のように劣悪な経営が温存され、人員整理も十分行なわれず、事業再構築も中途半端なまま、企業としての活力を失った半官半民の会社が長期間にわたって債務を返済することになる。賠償や廃炉などの膨大な後ろ向きの業務が経営陣を圧倒するため、事業の合理化に経営資源が投入されず、利用者に割高な料金が押しつけられるおそれが強い。
要するに東電を特別扱いする理由はなく、賠償を行なって債務超過になるなら破綻処理して債務を整理すればよいのだ。もちろん健全なら、国が支援する必要はない。まだ被害の全貌がわからず、債務超過になるかどうかはっきりしない段階から、このような救済案が出てくるのは不健全である。まず東電の資産査定を行なって、公的資金が必要かどうかを明らかにすべきだ。
原発事故への東電のお粗末な対応は、国に強く規制された地域独占企業の経営が劣化することを示した。これを機に東電を思い切って改革し、発送電の分離を含めた電力の抜本的な自由化を行なうためにも、国は東電を救済すべきではない。
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