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コラム
池田信夫エコノMIX異論正論
日本は原発を捨てるべきか
福島第一原発の事故で、これから日本で原発を建設することは絶望的になった。各地で、建設中の原発も工事が止まるなど、見直しが相次いでいる。他方、オバマ米大統領は、原油の輸入量を向こう10年で1/3削減する「エネルギー安全保障政策」を発表した。この中で彼は「公益企業は2035年までに電力の80%を風力、太陽熱、原子力、天然ガスなどのクリーン・エネルギーでまかなうことを義務づける」として原子力をクリーン・エネルギーと位置づけた。
原子力がクリーン・エネルギーだという話には、福島原発の事故を見ている日本の国民は抵抗を覚えるだろう。しかし原発は、少なくとも死者数を基準にすると、他の発電所より安全である。IEA(国際エネルギー機関)の統計によれば、発電量1TWh(兆ワット時)あたりの死者は、石炭火力の161人、石油火力の36人に対して原子力は0.04人。そのほとんどはチェルノブイリ原発事故で、西側諸国で原発事故による死者はほとんどいない。
たとえ確率は低くても、一度起こると非常に大きな災害になる場合には配慮が必要だ。チェルノブイリ事故の死者は推定によって大きく違うが、最少のIAEA(国際原子力機関)の推定でも4000人、多い推定ではガンによる死者を入れて10万人という説もある。しかし先々週のコラムでも書いたように、今回の事故では地震と同時に運転が止まったので、チェルノブイリのような大惨事になることは考えられない。今のところ放射能汚染による死者はゼロで、今後もそれに近いだろう。今回のような最悪の条件でこの程度の被害なら、管理可能である。
もちろん原発の周囲は放射能で汚染されたため、半永久的に立ち入り禁止になるだろう。住居を失った人や農畜産物の被害は1兆円以上と推定されるが、これは5兆円以上にのぼる東京電力の1年間の売り上げで賠償できない額ではない。損害賠償によって東電の経営が破綻する可能性もあるが、これは原子力を推進してきた国が支援することになっている。経済的被害だけなら、今回の地震と津波の損害20兆円の1割程度だろう。
問題は、今回のような大きなリスクをおかすメリットが原発にあるのかということだ。原子力安全委員会の試算では、1kWhあたりの発電原価は次のようになっている:
・原子力:5.9円
・天然ガス火力:6.4円
・石炭火力:6.5円
・石油火力:10.2円
・水力:13.6円
原子力のコストには、遠い将来までの核燃料サイクルのコストや、今回のような損害賠償のコストが入っていないという批判もあるが、それを入れても原子力の安定性や規模の経済は大きい。石油火力は原油価格の上昇で、コストや供給に不安がある。石炭は上にも見たようにもっとも危険なエネルギーであり、二酸化炭素の排出量も多い。化石燃料に依存するリスクは大きいので、原子力はエネルギー安全保障という観点からも環境保護という観点からも有力だ。
原子力発電の減少を補うエネルギー源として短期的に有力なのは、天然ガスだろう。ガスタービン炉は成熟した技術で、大量生産でコストも安いので、大きな工場では自家発電に使うこともできる。東電は今年の夏のピーク時までにガスタービン炉を増設するとしているが、出力は30万kWと原発の1/3程度で、ピーク時には1600万kWにのぼると予想される首都圏の電力不足を補うには力不足だ。
太陽光や風力などの再生可能エネルギーを開発することも重要だが、不安定なので基幹的な電力源にはなりえない。東電の試算では、100万kWの原発と同じ出力を出そうと思うと、山手線の内側全体に太陽光パネルを張る必要があり、発電原価は約70円/kWh。風力はさらにその3.5倍だ。再生可能エネルギーは土地利用型なので、アメリカの砂漠などでは使えても、狭い日本には向いていない。
日本は原子力への依存度はそれほど高くないのだが、地元対策が困難なために福島や敦賀などの「原発銀座」に立地が集中し、今回のような事故が起こると大量の電力不足が生じる。多様なポートフォリオをもつことは資産運用の鉄則だが、エネルギーについてもリスク分散の戦略が必要だ。そのポートフォリオの一つとして、原子力は捨てないほうがいい。当分、新設は無理だろうが、アメリカのように建設をやめてしまうと再開が困難になる。技術を温存しながら、情報公開によって国民の理解を得る必要がある。
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