コラム

福島第一原発はチェルノブイリにはならない

2011年03月17日(木)22時16分

 東日本大震災は、東北地方に大きな被害をもたらした。中でも福島第一原発の火災はまだ続いており、さらに拡大しそうだ。特に3号機と4号機の使用ずみ核燃料が過熱しているため、ヘリコプターや放水車で放水が行なわれているが、高レベルの放射線が出ているため接近できず、思うように冷却できない。これを見てテレビでは「チェルノブイリになる」とか「東京都民も逃げろ」と不安をあおる人がいるが、これは誤りである。福島原発がチェルノブイリ原発のような大事故になることは考えられない。

 その第一の理由は、いま過熱しているのが核の燃えかすだからである。チェルノブイリの場合は、原子炉の運転中に核燃料の制御がきかなくなり、核反応が爆発的に進んで超高温になり、原子炉を破壊した。その結果、高温の「死の灰」が噴煙となって成層圏まで立ち昇り、上空の風に乗って半径数百kmに降り注いだ。しかし福島原発では核反応は終わっており、核廃棄物の温度も高くないので、拡散する範囲は限られている。

 原発の燃料であるウランは、原子炉の中で核分裂してプルトニウムができる。このとき出るエネルギーで冷却水を熱してタービンを回すわけだが、その結果、高い放射能をもつプルトニウムを含む放射性廃棄物が出る。プルトニウムは化学的に安定しているので、核分裂はそれ以上起こらない。核廃棄物の中には他の核物質も残っているので核反応が少し続いているが、これを冷却水で冷やしていればよい。

 使用ずみ核燃料の事故の原因は、原子炉建屋が爆発で破壊されて、この冷却水を循環させるポンプが動かなくなったことだ。放射性廃棄物(プルトニウム)の放射能は核燃料(ウラン)より高いので危険だが、これが核燃料のように激しい核分裂を起こすことはない。ただ水が抜けて過熱すると、核分裂が連鎖的に生じる再臨界が起こる可能性がある。ヘリコプターで放水しているのはこれを防ぐためだが、かりに再臨界が起こったとしても、核燃料のように爆発的に反応することはありえない。

 第二に、原子炉の中の核反応も終わったからだ。1号機から3号機までは運転されていたが、地震と同時に制御棒が挿入されて連鎖反応は止まった。その後も核燃料が自然崩壊する「崩壊熱」が残っているが、停止してからもう5日以上たっており、それほど温度は高くない。ただ冷却水が失われて核燃料が大気中に露出して溶ける炉心溶融が起こった可能性があり、溶けた炉心が集まって再臨界が起こる可能性もゼロではない。

 この場合、最大の問題は原子炉の中心である圧力容器が壊れるかどうかである。これが高温の核燃料で破壊され、その外側の格納容器の水と爆発的に反応して格納容器も破壊してしまうと、大量の核廃棄物が大気中に放出されるチェルノブイリ型の事故が起こるが、その確率はきわめて低い。核燃料の一部が再臨界に達しても、それが圧力容器や格納容器を破壊するほど高温にはならないからだ。ただ圧力容器の中が高温・高圧になっているため、放射能を含む蒸気を外に逃がす必要があるので、原発の周辺は放射能で汚染される。

 だが一部の人がいっているように、原発が「核爆発」することは絶対にない。核燃料の中のウラン235の濃度は5%程度で、原爆の90%よりはるかに低いからだ。原発のまわりには高レベルの放射能を含む蒸気が立ちこめ、周辺は人が住めなくなるが、その範囲はチェルノブイリの半径30kmよりずっと狭いだろう。農産物などに与える経済的被害は大きいが、周辺住民はすでに退避しているので、人的被害は限定的だ。

 まして大量の死の灰が東京まで飛んでくることは考えられない。大気中に出るのは核物質を含んだ蒸気だけなので、200km以上離れた東京まで飛んでくるのはきわめて微量だと予想される。首都圏で放射線の量が数マイクロシーベルトに上がったと騒がれているが、これはX線で浴びる放射線の1/100以下だ。福島原発で放射能汚染が広がるのは、福島県内の汚染は深刻な問題だが、首都圏の人々は心配する必要はない。

 状況は動いており、正確な情報も得られないので、何が起こるかはわからないが、何が起こらないかはかなりわかる。核爆発は絶対に起こらないし、数万人の死者が出たチェルノブイリのような大事故になることも考えられない。首都圏の生活への放射能の影響はほとんどないだろう。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story