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コラム
池田信夫エコノMIX異論正論
官民の「貸し借り」で既得権を再分配する電波行政
ジョン・メイナード・ケインズは『雇用、利子および貨幣の一般理論』の最後で、「よくも悪くも、危険なのは既得権ではなく理念である」と書いたが、日本社会で危険なのは既得権である。特に官僚機構では、所管業界の既得権を守るために新規参入や競争を妨害することが最大の仕事だ。その構造を垣間見せたのが、今回の電波法の改正をめぐるドタバタ劇だった。
電波の配分については、ほとんどのOECD諸国では周波数オークションが導入され、市場原理による競争で割り当てられている。民主党も2009年の総選挙の政策インデックスでオークションの実施を公約し、昨年9月の閣議決定では「オークションの考え方」を導入することが決まっていた。ところが2月8日に閣議決定される予定の電波法改正では、オークションは姿を消してしまった。
そのからくりをさぐると、日本社会の裏側が見えてくる。まず総務省の行なった各界へのヒアリングでは、専門家が一致してオークションを実施すべきだと述べる一方で、通信業界は一致してオークションに反対した。今年7月にアナログ放送が止まったあと開放される周波数は合計で300メガヘルツを上回り、すべてオークションで割り当てると時価3兆円以上になると推定されている。いま無料で電波を割り当てられている業者が、オークションに反対するのは当然だ。
しかし奇妙なのは、「光の道」論争ではNTTの既得権を激しく批判したソフトバンクが、周波数オークションに反対したことだ。孫正義社長は、かつてはオークション推進論者として知られ、森内閣のIT戦略会議ではオークションの実施を提言した。ところがボーダフォンを買収して電波を手に入れてからは言わなくなり、今回は反対を表明した。この背景には、今回の周波数再編で空く予定の900メガヘルツ帯がソフトバンクの「指定席」とみられている事情がある。
それを裏づけるのは、昨年ソフトバンクが経営破綻したウィルコムを買収して子会社にしたことだ。総務省はウィルコムの救済をNTTドコモなどに打診したが、その技術に将来がないという理由で断られた。それをソフトバンクが引き受けたのは、900メガヘルツ帯を割り当てる総務省との密約があったためとみられている。総務省にとっては、いわば900メガヘルツ帯の料金をソフトバンクに「先払い」させているので、それをオークションにかけて他の会社が落札したら約束違反になる。
皮肉なことに、このウィルコムのもっている2.5ギガヘルツ帯は、2007年の周波数割り当てでソフトバンクが応募して敗れた帯域である。そのときの「美人投票」(書類審査)では、ウィルコムの「財務的基礎が(NTTドコモより)充実している」という評価があって、業界関係者は驚いた。あとでわかったのだが、このときドコモが落とされたのは、そのあと割り当てられるVHF帯をドコモに割り当てるという密約があったためだ。
このためドコモはVHF帯で民放と組んだのだが、このとき外資系のクアルコムがKDDIと組んで周波数オークションを要求し、1年以上に及ぶ泥仕合になった。結果的には、総務省はオークションを「時間がない」という理由で拒否し、ドコモが免許を取得したが、ドコモはVHF帯で事業をやる気はない。VHF帯は使いにくく、採算も取れないからだ。これは「外資を排除してくれ」という電波部の求めに応じて700メガヘルツ帯の免許をもらうための「先行投資」だからである。
このように無料で電波をもらうために、通信事業者は多額の投資で役所に「貸し」をつくる。役所はその「借り」を返して天下りを受け入れてもらうために、八百長の「美人投票」で密約どおり電波を割り当てる。特に700/900メガヘルツ帯では、前述のように役所がすでに借りをつくってしまったので、オークションをやると密約を破る結果になる。
......と書いても、電波業界以外の人には何のことやらわからないだろう。要は、このように複雑怪奇な密室の「貸し借り」で電波行政が動いているために、オープンな競争にできないのだ。官民癒着のひどい建設業界でも、最近はここまで露骨な談合は見られない。それが残っているのは、談合の当事者であるテレビも(系列の)新聞も、この事実を報道しないからだ。
その結果、日本はまた通信産業に競争を導入するチャンスを逃した。アジアでもほとんどの国が周波数オークションを導入しており、残っているのは中国、北朝鮮、モンゴル、ベトナムぐらいしかない。「電波社会主義」を守った日本は、こうした国のように世界から取り残されてゆくだろう。
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