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コラム
池田信夫エコノMIX異論正論
「オンデマンド」に進化するテレビを訴訟で妨害するテレビ局
最高裁は14日、「まねきTV」をめぐる訴訟の口頭弁論を開いた。この訴訟は、テレビ局がまねきTVのサービスを行う永野商店を被告として起こしたもので、一審と二審ではテレビ局側が敗訴したが、最高裁が口頭弁論を開くのは二審判決を変更する場合が多いので、逆転勝訴の可能性が強まってきた。この小さな事件は、今後のネット配信の動向を左右する可能性がある。
まねきTVは、ソニーの「ロケーションフリー」(ロケフリ)を永野商店のオフィスに置き、インターネットで番組を配信する有料サービスだ。ユーザーは海外駐在員が多く、海外で見られない日本の番組をインターネット経由で見るためなどに使われている。ところがNHKと民放キー局5社は2006年、これが「放送番組の再送信サービスで著作権法違反だ」として差し止めの仮処分を求める訴訟を東京地裁に起こした。
一審、二審とも原告が敗訴して仮処分申請は棄却されたが、テレビ局はサービス差し止めを求める本訴訟を起こし、これも一審、二審ともに敗訴して上告していた。最高裁でテレビ局側が勝訴すると、同様のオンデマンド配信サービスはすべて違法という判例が確立する可能性が強い。
そもそもわからないのは、このサービスで誰が被害を受けるのかということだ。まねきTVは不特定多数に対して放送するわけではなく、ユーザーが自分の機材で自分で選んだ番組を見るだけなので、家庭のDVDレコーダーで見るのと同じだ。ところがテレビ局側は、まねきTVがテレビ局の「送信可能化権」を侵害すると主張している。彼らは今まで、あらゆるオンデマンド配信を警察に通報したり訴訟を起こしたりしているが、敗訴したのはこの事件だけだ。
この事件の前に行われた訴訟では、録画装置からインターネット経由で送信するサービスが違法という判決が出たが、まねきTVの場合にはユーザーのもつ市販のロケフリに置き場所を貸しているだけ、という解釈で合法とされた。これまでは、この2008年の東京高裁(知財高裁)の判決が配信サービスでクロとシロをわける基準とされていたが、今回、最高裁が高裁判決を変更する可能性が出てきたことで、この基準もゆらいできた。
まねきTVのようなユーザー数百人の零細なサービスに、NHKと民放が弁護団を組んで執念深く訴訟を繰り返し、敗訴しても最高裁まで争うのは、世界にも例をみない異常な行動である。その理由は、これがインターネットでテレビ番組を再送信するIP再送信の「蟻の一穴」になることを恐れているからだ。
地上デジタル放送は著作権法でIP再送信が禁止され、例外的に放送局の放送区域内で同じ放送を再送信することだけが認められている。これは放送がインターネットで全国に流れると、地方民放の視聴者が減るからだ。まねきTVのようなサービスが認められると、サーバを介して県境を超えて再送信できるようになり、経営の苦しい地方民放の経営がさらに苦しくなることをテレビ局は恐れているのだ。
しかし2004年にこの種の訴訟が最初に起こされてから、世界のテレビは大きく変わった。同時に不特定多数に「放送」する時代は終わって、必要なときにオンデマンドで見る方向になり、インターネットと融合したサービスに進化しているのだ。
BBCのiPlayerを初めとして世界のテレビ局がIP送信を開始し、オンデマンド配信はケーブルテレビ局の主要なサービスになっている。アメリカではABC、NBC、FOXのテレビ番組がすべてオンデマンドで見られるhulu.comというウェブサイトもできた。視聴者の減少するテレビ局にとってオンデマンド配信は視聴者をつなぎ止める有力な手段となり、テレビ局自身がIP送信ビジネスを始めているのだ。
ところが日本では、遅ればせながらNHKが有料サービス「NHKオンデマンド」を開始したが、そのアクセスは月間40万回。無料で見られるBBCのiPlayerが月間1500万回再生され、欧州一の人気サイトになっているのとは比較にならない。インターネット放送も、地デジの再送信ができないため振るわない。自分の受信した番組を自分で見ることまで禁止されるとなれば、日本のオンデマンド配信は大きく立ち遅れるだろう。
もう役割を終えた地方民放を守るために、全テレビ局が団結して新しいビジネスを妨害するこの訴訟は、古い業者の既得権を守ってイノベーションをつぶす日本の象徴だ。NHKは、公共放送として恥ずかしくないのか。こういう悪質な業者を放置したまま、政府が「光の道」などのインフラ整備ばかりやってもコンテンツは流通せず、日本の情報通信の遅れは取り戻せない。
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