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コラム
池田信夫エコノMIX異論正論
村木厚子氏が闘う検察より手ごわい敵
大阪地検特捜部の冤罪事件は、検察官が逮捕される一方、被告だった村木厚子氏(元厚生労働省局長)が内閣府政策統括官に栄転する逆転劇となった。彼女は、保育所に申し込んでいるのに入れない待機児童の解消を目指す「待機児童ゼロ特命チーム」の事務局長に就任し、その初会合が21日に開かれた。しかし具体的な政策は保育所を増やす「特区」ぐらいしかなく、財源もない。果たしてこれで待機児童は解消できるのだろうか。
まず問題は、その数である。厚労省の公式統計では、待機児童は全国で4万6000人ということになっているが、これには認可保育所に入れないため無認可の施設に入っている児童が23万人、そのほかにあきらめて入所の申し込みをしていない待機児童が、厚労省のアンケート調査によれば全国で約80万人いる。合計すると100万人を超え、認可保育所の児童総数204万人のほぼ半分の児童が待機していることになる。
なぜこのように多くの待機児童が発生し、しかも年々増えているのだろうか。厚労省は、待機児童の原因を「女性の社会進出が増えたのに加え、最近では経済情勢が悪化し、これまで専業主婦であった方でも家計のために仕事に出たいという方が増えています」と、まるで他人事のように説明しているが、これは本当だろうか。
たとえ需要が増えたとしても、市場メカニズムが機能していれば、価格が上がって供給が増えるはずだ。そうならないのは、保育料がコストより低く抑えられているためだ。たとえば東京都の公立保育所の保育料は、ひとり月額2万円だが、その運営費は平均50万円。つまり児童ひとりに48万円の補助金が投入されているのだ。私立保育所(社会福祉法人)の場合にも、月2万円の保育料に対して補助金が28万円も投入されており、保育所は公立・私立を問わず、税金で運営されている公共事業のようなものである。
月2万円というのは食費より安いので、必要のない親も申し込む。その結果、超過需要が発生して大量の待機児童が発生するのだ。80万人の需給ギャップを埋めるために保育所を増設しようとすると、全国で年間2兆円から3兆円の税金投入が必要だというのが、鈴木亘氏(学習院大教授)の推計である。
しかし国や地方自治体の財政が苦しいため、このような財政負担はできない。それなら民間の参入を認めればいいはずだ。非営利組織(NPO)や株式会社で運営すれば、コストは認可保育所よりはるかに低く、補助金も半分以下ですむという。しかしこうした企業の新規参入には、全国保育協議会などの「保育三団体」とよばれる業界団体が強く反対してきたため、公立および社会福祉法人以外の保育所は、全体の2%しかない。
業界団体が規制改革に反対するのは当然である。今のように慢性的に供給不足になっていれば、親は保育所を選べないので、どんな劣悪な保育をしても文句をいわない。コストがいくらかかっても税金で補填してもらえるので、経営を効率化しなくてもいい。競争がないから営業努力をする必要がなく、園長が役所に陳情して補助金を取ってくるのが唯一の企業活動である。
要するに待機児童は、厚労省の説明するような自然現象ではなく、このように価格メカニズムを無視して異常に低い価格で保育サービスを提供し、その差額を税金で補填する社会主義的システムのせいなのだ。世界各国を見ても、慢性的な供給不足(行列)が起こるのは社会主義国に特有の現象だ。それをなくす方法は、社会主義を解体して民間企業の参入を促進するしかない。これは20世紀の歴史が証明したことである。
だから村木氏がこれから闘う相手は、彼女を冤罪に追い込もうとした大阪地検特捜部と同じ国家権力である。全国の保育所で働く人の数は、自治体も含めて50万人以上と大阪地検の1万倍以上の規模だ。もちろん敵は保育士ではなく、天下り先を守る厚労省の官僚とそれに寄生する業界団体である。果たして村木氏は自分の出身母体である厚労省の既得権に切り込んでいけるのか――それは検察との法廷闘争以上に困難な闘いだろう。
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