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コラム
池田信夫エコノMIX異論正論
若者を食い物にする「老人支配」が日本経済を衰退させる
参院選の投票日が近づくにつれて、どの政党も公約にうたっていない政策が注目を集め始めた。私のブログで今月、最大のアクセスを集めたのは、2月の「老人支配の構造」という記事だった。リンクの元をたどると、Yahoo!の参院選特集の「世代間格差」というページからだった。
その記事でも紹介したように、経済財政白書によれば、図のように60代以上は生涯で5700万円の受益超過(税・年金)だが、20代は1300万円の負担超過である。このように大きな世代間格差が発生する国は、世界に類をみない。これは自民党政権が、彼らの支持基盤である高齢者の既得権を尊重し、年金給付額を下げないで保険料を上げてきたためだ。
ひところ「小泉改革で格差が拡大した」といった嘘が流布されたが、かりに拡大したとしても、能力に応じて所得の差がつくのは当然だ。働いても働かなくても同じ賃金をもらうほうが、よほど不公平である。しかし世代間格差は労働や能力に関係なく、税や年金のような移転給付によって政府が作り出しているものだ。
それに対して「今の老人は戦後の貧しい時期に一生懸命働いた。若い世代は、その財産を相続するのだから、所得の少ない老人を助けるのは当然だ」という反論がある。たしかに所得をみると、年金しかない高齢者は少ない。しかし約1400兆円の個人金融資産のうち、1000兆円余りが60歳以上に保有され、しかも彼らの貯蓄は年とともに増える。つまり資産ベースでみると、年金は貧しい若者から豊かな高齢者への逆所得分配になっているのだ。
このように高齢者に富が集中していることが、日本経済の停滞の大きな原因である。金融資産の半分以上が預貯金になっているという異常な資産構成も、リスク回避的な高齢者がその2/3をもっていることが大きな原因だ。しかも相続人の平均年齢は67歳という「老々相続」になっているので、相続による世代間の所得再分配の機能も弱い。この問題は、2012年に団塊世代が引退したあとは、さらに顕著になるだろう。
ところが、どの政党もこの世代間格差の問題をマニフェストで取り上げていない。それは高齢者の投票率が高く、彼らにとってもっとも重要な有権者だからである。「増税は無駄をなくしてから」という政治家は、課税の延期が世代間格差を拡大することを忘れている(あるいは隠している)。
菅首相も、消費税の増税が反発を受けて支持率が下がると、所得税の累進課税を強化するなどと言い始めたが、これは間違いである。所得税は労働所得に課税されるので、年金生活者はほとんど負担しない。消費税の増税は、世代間の不公平を是正するために必要なのだ。それなのに消費税の逆進性ばかり議論され、首相が戻し税に言及するのは、本末転倒である。
さらに深刻な問題は、企業の中で年功賃金という形で世代間格差が再生産されていることだ。しかも民主党政権は、派遣労働の禁止などによって若い世代を労働市場から排除する政策を打ち出し、この格差を拡大しようとしている。最近の若者は、中高年になったら仕事は楽になって給料は上がり続け、政府や会社が老後の面倒を見てくれるといった人生設計を信じていない。年金会計は500兆円以上の債務超過になっており、年金が本当にもらえるかどうかもわからないからだ。
このような不安を若い世代が意識すると、彼らは年金を当てにしないで貯蓄するだろう。つまり所得移転を受ける高齢者が消費しないばかりでなく、所得移転の被害者である若者の消費も減退する。これが現在の不況の構造的な要因で、これは今後もさらに悪化するおそれが強い。
高齢化というのは、数十年にわたって続く大きな波であり、これを政策によって是正することは容易ではないが、少なくともその悪影響を強める政策はやめるべきだ。現在の不公平な年金制度を改め、退職一時金への非課税制度をやめ、負担と給付が世代によらず均等化する社会保障制度をつくる必要がある。消費税の引き上げは、その第一歩に過ぎない。
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