コラム

日本が「本物の格差社会」になるのはこれからだ

2010年04月08日(木)15時52分

 民主党が野党だったころ、「小泉改革のおかげで日本は格差社会になった」と自民党政権を批判するキャンペーンを張っていたが、最近はいわなくなった。民主党政権になっても、格差は縮小しないからだ。もともと所得格差の指標としてよく使われる「ジニ係数」でみると、日本はOECD(経済協力開発機構)諸国の平均より少し高い(格差が大きい)程度だ。見かけ上の所得格差が広がっている最大の原因は、高齢化による引退である。

 しかし世界的には、所得格差は拡大する傾向がみられる。特に英語圏では高額所得者の独占度が高まり、たとえばアメリカでは所得上位0.1%の高額所得者の所得総額は、1970年代までは全所得の2%程度だったが、2000年には7%を超えている。これに対して日本の独占度は、この30年間ずっと2%で、ほとんど変わらない。他方、所得格差の拡大した国ほど成長率の高まる傾向がみられ、この点でも英語圏が最高で日本は最低である。

 世界的な格差拡大の原因は、二つあると考えられている。一つはIT(情報技術)の普及によって知的労働者の情報生産性が上がったため、それに対応して高級ホワイトカラーの賃金が上がる一方、単純な事務作業がコンピュータに代替されて、ブルーカラーの賃金は下がったのである。逆に日本でこういう格差が広がっていないのは、雇用慣行が硬直的なためにITによる業務の合理化が進んでいないことが原因と考えられる。したがって成長率も上がらないわけだ。

 もう一つの原因は、グローバル化による新興国との競争で単純労働者の平均賃金が下がっていることだ。日本で起こっている「デフレ」の最大の原因は、実はこれである。中国のGDPは今年、日本を抜くとみられているが、人口は10倍だから、一人あたりGDPは日本の1割である。これが日本に追いつくには、少なくとも20年はかかると推定されている。逆にいうと、今後20年間は、日本の賃金は中国に近づく(下がる)傾向が続くわけだ。

 このような「格差拡大」は、グローバルにみると先進国と新興国の「格差縮小」なので、必ずしも悪いことではなく、それを止める方法もない。したがって日本がこれに対応する方法は、二つしかない。新興国と競合しない知識集約的な産業を発展させることと、新興国と競合しない内需産業に労働人口を移動することである。

 成長率を高める点では前者が重要だが、知識集約産業にはあまり雇用吸収力がない。日本の成長率が高まることが今後あまり期待できない以上、内需産業、特に福祉サービスの労働生産性を引き上げることによって、格差の問題にも対処することが賢明だろう。

 総合研究開発機構(NIRA)は、このような方向で福祉政策を効率化する提言を3月に発表した。日本の福祉システムは、老年世代への給付が手厚く巨額の政府債務も将来世代の負担になるなど、世代間の不公平が大きい。また「終身雇用」などによって企業が福祉コストを負担してきたため、見かけ上は「高福祉・低負担」にみえるが、このようなシステムは企業収益の悪化によって維持できなくなってきた。

 したがって現在の非効率な福祉システムを改め、年齢・地域・雇用形態・性別などに依存しないで低所得者を税で支援する「負の所得税」のような福祉システムが望ましい。日本の社会保障支出は、年間約30兆円に及ぶ。これだけの所得を合理的に再分配すれば、絶対的貧困を解決することは不可能ではない。必要なのは子ども手当のような無原則なバラマキではなく、福祉や税制の抜本改革である。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ウクライナ戦争「世界的な紛争」に、ロシア反撃の用意

ワールド

トランプ氏メディア企業、暗号資産決済サービス開発を

ワールド

レバノン東部で47人死亡、停戦交渉中もイスラエル軍

ビジネス

FRB、一段の利下げ必要 ペースは緩やかに=シカゴ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 10
    中国富裕層の日本移住が増える訳......日本の医療制…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story