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コラム
池田信夫エコノMIX異論正論
iPadはインターネットを「マルチメディア」に引き戻すのか
4月初め、アメリカでアップルのタブレット端末、iPadが発売された。発売後1週間で50万台を超える予想以上の売れ行きで、日本版の発売は5月に延期された。私もアメリカ版を借りて、使ってみた。世の中では、アマゾンのKindleに対抗する読書端末とみられているが、私の印象では、iPadは昔いろいろな大企業が試みて失敗した「マルチメディア」端末のような感じがする。
1990年代には、IBMからNTTに至るまでほとんどのIT企業が「ビデオ・オンデマンド」などのマルチメディアに巨額の投資をしたが、すべて失敗に終わった。世界を変えたのは、どこの企業も投資しなかったボランティアによる通信網、インターネットだった。初期のインターネットは、ビデオ・オンデマンドとは比較にならい貧弱な画面だったが、その自由さによって多くのユーザーが参加し、彼らが無数のウェブサイトをつくり、マルチメディアをはるかに超えるメディアになった。
しかしアップルは、自律分散のインターネットを徐々に自社中心のマルチメディアに変えようとしている。iTunes Storeの音楽はiPodでしか聞けないし、iPhoneでソフトウェアを配布するにはアップルの「許可」が必要で、30%の手数料を取られる。画像を表示するアドビのソフトウェア「フラッシュ」は、なぜか使えない。今月あらたに発表されたiAdというシステムは、コンテンツの広告収入の40%をアップルが取るしくみだ。
これって要するに、昔の大型コンピュータや電話交換機によってユーザーがコントロールされるマルチメディアの世界じゃないのだろうか? もちろんスティーブ・ジョブズは「こうした課金システムは、クリエイターが報酬を得てより多くの作品を創造するための道具だ」と説明しているが、それを額面どおり信じる人はいないだろう。
アップルは、かつてマッキントッシュでこうした閉鎖的な方針をとり、オープンなIBM-PCに敗れた。マイクロソフトは世界中のコンピュータ・メーカーにOSを供給して世界最大のIT企業になったが、マッキントッシュはアップルのハードウェアでしか使えないため、少数派になって高価になり、それによってさらに少数派になる・・・という悪循環に入った。アップル社は経営破綻の危機に瀕して、ジョブズはアップルを追放された。
それ以来、閉鎖的なマルチメディアは嘲笑の的で、オープンなインターネットに未来がある、と多くのユーザーが信じてきた。「邪悪になるな!」というグーグルの社訓は、つねにシステムをオープンにして独占利潤を追求するな、ということだ。その流れは、ついに邪悪なジョブズのマルチメディアに敗れるのだろうか?
結論を出すのは、まだ早い。マイクロソフトはスマートフォン(超小型PC)を発表し、グーグルは第2四半期にオープンな無料OSによるタブレット端末を出すといわれている。そのインターフェースも、iPadとほとんど同じタッチパネルだ。タブレット市場は、まだ立ち上がったばかりで、勝者はわからない。iPadのハードウェアは単純なもので、日本メーカーだって作れる。
ただ、かつてと違うのは、タブレットはPCのような「事務機」ではなく、ソファに座って使う「遊び道具」だということだ。この世界で勝負を決めるのは、処理速度や記憶容量ではなく"cool"(イケてる)かどうかである。iPadは、間違いなくcoolだ。これを超えるものをつくるために必要なのは、ものづくり能力ではなく芸術的センスである。
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