コラム

欧州の「ブラックスワン」は日本に飛来するか

2010年02月18日(木)17時37分

 本誌の今週号の特集は「ユーロ危機」。ギリシャに始まったPIIGS(ポルトガル、アイルランド、イタリア、ギリシャ、スペイン)と呼ばれる諸国の財政危機が、かつての中南米やロシアのような国家破綻をまねき、世界経済を大混乱に陥れるかもしれないと報じている。

 特に深刻な問題は、ギリシャ政府の多額の隠れ債務が明らかになったことだ。昨年、パパンドレウ政権が発足したとき、それまでGDP(国内総生産)の6%程度だった2009年のギリシャの財政赤字が、実は12.7%だったことを新政権が明らかにした。さらにブルームバーグによれば、ゴールドマン・サックスが150億ドルにのぼるギリシャ政府の通貨スワップ取引を隠していたという。

 これはギリシャだけの問題ではない。PIIGSをはじめ各国政府も、スワップやCDSなどさまざまな証券化商品を使って政府資産を運用しており、その多くが簿外になっている。さらに年金債務など公式の統計に出てこない債務も多いため、疑心暗鬼によってPIIGSの国債価格が下がる。これはサブプライムローンのときとよく似ている。

 このように誰も予想しなかった危機が突然、表面化する現象を、ナシーム・タレブはブラック・スワンと呼んだ。それが危険なのは、ふだん意識していなかったため、いったんブラック・スワンが登場すると、みんながパニックになってしまい、2008年の「リーマン・ショック」のような群衆行動が起こるからだ。政府に隠れ債務があるというのは誰も想定していなかったリスクであり、それが衝撃を大きくしている。

 この問題は日本と無縁ではない。18日の東京外国為替市場ではユーロ安・ドル高が進み、円は91円台と2週間ぶりの安値をつけた。市場関係者によれば、円安の要因には日本の政府債務への懸念が含まれている。これまで国債の残高がふくれ上がっても政府が安閑としていられたのは金利が低かったからだが、金利が上がる(国債価格が下がる)と、国債の償還にあてる国債費が増えて財政赤字がさらに大きくなる。日本国債への信認が下がって売り逃げが始まると、さらに円安が進む・・・というパニックが起こる可能性もある。

 日本の政府債務のGDP比は190%と、ギリシャの110%をはるかに超え、おまけに年金の隠れ債務も500兆円以上あると推定される。これは現在の年金を清算しなければ顕在化しないが、もし今回の事件をきっかけにして政府債務の会計基準が国際的に透明化されると、日本の政府債務は個人金融資産の残高1400兆円を超える。「国債は国内で消化できるから大丈夫」という楽観論も根拠がないのだ。

 邦銀の運用能力が低いために、日本は2008年以降の金融危機に巻き込まれないですんだが、金融危機のあとに財政危機が来るのは歴史の法則である。この第2のブラックスワンは、日本に飛来するかもしれない。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米中国防相会談、米の責任で実現せず 台湾政策が要因

ワールド

ロシア新型ミサイル攻撃、「重大な激化」 世界は対応

ビジネス

米国株式市場=上昇、ダウ・S&P1週間ぶり高値 エ

ビジネス

NY外為市場=ドル1年超ぶり高値、ビットコイン10
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 10
    中国富裕層の日本移住が増える訳......日本の医療制…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story