コラム

ユニバーサルサービスという名の社会主義

2010年02月11日(木)13時20分

 今週、政府の発表した「郵政改革素案」は、日本郵政の「国営化」を進める方針を明確に打ち出した。現在の持株会社に郵便事業会社と郵便局会社を統合し、その下にゆうちょ銀行とかんぽ生命をぶら下げる3社体制に変更し、ユニバーサル(全国一律)サービスの提供義務を銀行・保険にも拡大することを明記した。これによって採算のとれない過疎地でも、都市と同じ条件で金融サービスを行なうことが義務づけられる。

 ユニバーサルサービスというのは、20世紀初めにAT&T(米電話電信会社)が1社独占を正当化するためにつくった政治的な言葉だが、こんな論理はアメリカではとっくに使われなくなっている。アメリカには数千の通信会社があるが、通信プロトコルは統一されており、本来の意味でのユニバーサルサービスは実現している。問題はサービスの内容を超えて、すべての地域で同一料金を義務づけるかどうかだ。

 これについては、今ではFCC(連邦通信委員会)も全米同一料金は求めていない。多様化する通信サービスの価格を規制すると、サービスの効率が落ちるからだ。金融も、サービスを提供するコストは都市と地方で大きく違うのだから、同一の条件で提供できるはずがない。現在の日本郵政では、赤字になった地域の損失を2兆円の基金で埋めることになっているが、金融まで含めるとこれでは足りない。

 これについて「改革素案」では「必要な費用に見合う措置は政府が講じる」としている。つまり日本郵政の赤字を税金で補填するということだ。亀井静香郵政担当相は「金融は基本的なサービスだからユニバーサルサービスが必要だ」というが、もっと基本的なのは食糧や住居である。食糧の料金や地価は、全国で同一にすべきなのだろうか。そういう制度を実施したソ連がどんな運命をたどったか、亀井氏はご存じないのだろうか。

 今の特定郵便局の配置は、日本人の半分以上が農民だった時代のままであり、それを守ったまま一律の金融サービスを行なうことは不可能だ。特に今後、情報通信インフラを高度化するときは、設備投資をコンパクトシティに集中して効率化する必要がある。同じ意味で「全国100%に光ファイバーを」などという話もナンセンスである。

 憲法で住居選択の自由は保障されているのだから、田舎が不便だと思う人は、引っ越せばよい。今の非効率な局配置を残したまま「ユニバーサルサービス」を行なうと巨額の赤字が発生し、その負担は結局、納税者に転嫁される。赤字を補填するためにゆうちょ銀行の預け入れ限度額を引き上げる案も検討されているが、これは「金融社会主義」を拡大する本末転倒である。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

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